夏に住む君と青いサイダー

椿

エピローグ

 僕はを参考書を片手に海へ向かっていた。


彼女がこの町から居なくなってからもその習慣を続けているのは高校三年の夏という受験戦争真っただなかの現実への逃避行でもあり、一種義務感のようなものがあったからかもしれない。どちらにせよ僕は家でも塾でもない駅のプラットフォームに降り立っていた。


「七里ヶ浜」と書かれた今にも崩れ落ちそうな駅舎の階段を下ると土曜の早朝の陽射しが僕を刺した。ぞろぞろと駅から溢れ出る人々は水着を抱えていたり、夏らしく浅黒く焼け焦げた肌をしていた。そんな夏真っ盛りの人々を横目に古びたラーメン屋を通り過ぎ、交差点を渡ると堤防の向こうに広がる海が見えた。何度来ても見晴らしの良さに感動する。


堤防の上に腰掛け、カバンからサイダーの瓶を取り出した。日差しに透けるように瓶をかざすと青いビー玉がカラリと音を立てた。前を見渡すとキラキラと反射した海面がどこまでも広がっていた。


思えば彼女は海のようにどこまでも自由な人だった。

波のようにこの世界を漂っていたからこの町からいなくなってしまったのも道理といえば道理だろう。それほど長く会っていたわけではないのに彼女のことは鮮明に思い出すことができた。


太陽の光に反射する白くて眩しすぎるワンピースのせいかもしれない。


瓶の底に書かれた文字を。


かすれた日向さんの名前を。


僕は指でなぞった。


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