第9話 神は忘れられたい。

 正直、ため息しか出ない。元は地球のある世界で生まれた神としては、地球を見守るだけの存在でいいはずなのに。なぜこうなった?


 私の生まれは地球の今は日本と呼ばれる場所、本来は『農耕、豊穣の神』として崇められ、祀られ、生まれた。当時の記憶を辿れば、雨ごいや、災害時のフォローだけで済んだものだ。


 祀ってくれる人々、一人一人の願いは聞けないが、顔を見ながら願いを聴ける。そんな平凡な日常だったはずなのだ。今では声すら聞けない。顔を見たり、彼らの日常のひとこまを知ることすら難しくなってしまった。


 日本と言うのは不思議な国で、神の生まれる数が尋常ではないのだ。八百万やおよろずと呼ばれる程、ありふれた日常に神が溢れていた。


 それも、ついこないだ迄は。大きな大戦後に人々の心の有り様、文明の発達により八百万は数を減らした。


 忘れられ、消えていったのだ。世界と同じように神も認知される者が居なければ消えるのは道理だ。


 しかし、残った方からすれば、羨ましい話である。辞めることを許されなくなり、消えるまでこの鬱屈とした作業を繰り返す日々。生まれた世界とは別世界の管理と、正直に言って心が踊らない。


 淡々と事象を収束させるための作業を繰り返しているだけだからだ。どの世界も同じで、やはり人々の発達と共に環境は刻一刻と有り様を変えていく。


 痩せた土地の為に手を加えた植物を作ったら、それを別の土地に人々は移植して、元のバランスを壊していく。完成されたパズルをまるで、自分本意に抜いては別のところに無理やり嵌めていく、そんな事をどの世界でも平気で行うのだ。


 もちろん、わたしもフォローはしている。しているが、元々農耕、豊穣の神として生まれたのに、なにゆえに世界全体のバランス取りをしているのだろうか?


 先日に消えた、同じ国生まれの神はいい笑顔で消えていった。


「あとは、頼んだ! やっと解放されるぜ! 忘れてくれてありがとう!!!!」


 それが、彼の最後の言葉だった。仕事明けに呑んでいたら突然のお迎えだ。


 悲しみ? そんなものはない。ただ、ただ、羨ましいだけである。


 わたしのことも早く忘れてくれていいんだよ?


「あ、なんかとんでもないヤツが森ごと魔物を吹っ飛ばしやがった! そこ、こないだバランス取るために調整した魔物を配置したばかりなのに! あぁーっ! 隣の湖にも被害でてるじゃないかっ! いっそ、人類をどうにかした方が早い気がするな。隕石でも降らせるか……いや、それだと、再構築までどれだけ徹夜しないといけないか……あぁ。早く忘れてくれよ。本当にお願いします」


 モニターに次々と上がるレッドアラートに辟易しながら、八百万の一柱は目を虚ろにさせながら作業を続ける。来るかもわからない、忘れ去られる。その日が来るまで。

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