第6話 老神は引き継ぎたい。

 目の前に、高く積まれた書類の山を見て笑顔でいられる神をわしは知らぬ。


 普段の倍近いほどの書類。試しに一枚引き抜くと他部署からのクレーム。では、と下の方を引き抜くと今度は部下からのクレーム。ならばと、山を変えて真ん中辺りを引き抜くと、部下からの陳情書。


「クレームしかないのか……?」

 ついに老神は独り言を洩らしため息をつく。


 従来なら書類処理は少ないはずだった。ところが、ここ百年程で書類が日々倍々になっていくのである。理由は簡単で、世界が増える速度が圧倒的に増えたからだ。


 多忙を極める転生課の部下も同じく、その煽りを受けている。


 なのに上は、予算削減、神力使用量の削減と効率化、労働時間の短縮等と常に締め付けてくる。


 その締め付けは老神一人では抱えきれず、部下にも巡るのである。結果は、イージーミスによる他部署からのクレーム、部下からのクレーム(これは対応数の多さによる不平等など)、陳情書は労働時間の短縮並びにノルマの撤廃などがメインである。


 なんども上には、神手を増やして欲しい。そう掛け合っているのだが、答えはノーだ。

 もちろん、課長として部下を守るためにも転生処理も数は減ってはしまうが行っている。


「なぜこんなに世界が増えているんじゃ! もういっそ転生課で出来る限りの加護を付けて増えすぎた世界を減らしてくれようか!」


 本当にどうしてこんなに増えているのかがわからず、書類の山を片付けつつも愚痴がこぼれるのを止められなかった。


 ふと、一枚の書類で眼と手が止まる。書かれているのは情報処理課からの報告書であった。


 [緊急報告 事項五項 三条]

 世界の増殖が止まず、神も乗じて増えていく件についての追跡報告。

 現在、増殖が確認された世界数に関する緊急報告。


 現在僅かな時間にも世界は生まれ、消滅速度よりも速く生まれ続けているのは前報告にて、各部署に通達が行っていると認識しております。

 原因を突き止めた為、各部署へ緊急報告として上げさせて戴くことをご了承ください。


 原因:地球と呼ばれる太陽系銀河の世界にて、多数の小説家と呼ばれる創造神が生まれている事に起因していると考えられる。


 監視後、新たな小説なる物語が生まれる度、その世界が構築されたのを確認し、これが主な世界増殖の原因と確定。


 また、生まれた世界が僅かな時間で消滅することも確認。この件については、現在追跡調査中ではあるものの、小説家が小説そのものを削除した際に、対消滅しているのではないかという、仮説が現状では濃厚である。


 問題点としては、これらが紙などの媒体を通し同じ世界の人種に認知されたタイミングで、起こるということにある。


 問題点一、従来の世界では出版と呼ばれるものには、かなりハードルが高かった事により世界の増殖が抑えられていた。しかし、現在の世界では出版せずとも『認知』させる技術が確定してしまい、普及されたことによるハードルの低下。


問題点二、世界の増殖と共に神が増えるのだが、数が圧倒的に少ない。増えた世界数≠神の増加数による、各部署の今後の業務の増加が懸念される。


 問題点三、二で挙げた件に付随し、地球担当の神々の過労、業務過多による業務遅延の発生。これは、小説家の描く世界が現実世界をベースとすることで一部の神に業務が偏り発生しているためである。なお、追跡調査の結果、魂の流転を止める事は出来ないため、転生課に地球担当の魂が回っていることを確認した。これは、当地担当の神による独断ではあるものの、現時点ではどうしようもないものと考えられる。


 以上が現時点でわかりうる、情報となる。各部署は追報告を待たず、出来うる限りの対応対策を行うことを強く推奨するものとする。


 各部署の健闘を祈る。


 情報処理課 課長神


「ふざけるなぁ!!!!!!!!」


 叫びと共に報告書を破き宙に投げる。既にこちらは手一杯、しかも最近やけに業務が増えていると思えば、元凶の地球担当の神がこちらに流しているという。


 誰か変わってくれ! もうほんと引き継いで引退したい!


 先ほど荒ぶって巻き上げた紙屑と共に、一枚の書類が目の前に舞い降りる。


 書かれている事を見て、老神は空をあおぎ呟く。


「神も仏もありはしない……」


 現在の業務過多と神不足における対策。


 現時点を持って、引退を認めないものとする。なお、消滅した神の職務は該当部署により分配し、処理を行うこととする。


 定年の撤廃にともない、既に引退した神々の再雇用を義務化する。その際、かねてより神不足が著しい、地球担当、転生課により多くの振り分けを行うものとする。


 どのような業務にあてるかは、各部署にて対応するものとする。


    総務課課長神

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