第20話

 肉じゅばんから現れた2人目の隠密調査員は、なんとユピテルの父親であった。

 彼は息子に真っ赤な顔で詰め寄る。


「ユピテル! メタモルフォシスの石を持ちだしたのは貴様だったのか!」


 いつも自分だけにはやさしい父親の豹変ぶりに、息子はすっかり縮み上がっていた。


「え……ええっ!? ぱ、パパ……そ、そんなに怒らなくても……!」


「あの秘宝は厄払いのためにママリア様から借り受けたものだったんじゃ!

 今日お越しになったときにお返しつもりじゃったのに、無くなっていたから大騒ぎしておったんじゃ!」


「えっ……ええええっ!?」


「今まで屋敷の宝物が無くなっていたのは、ぜんぶ貴様の仕業だったんじゃな!?

 少々のイタズラには目をつぶってきたが、もう我慢できんっ!

 ワシの家から出ていけっ! でていけぇぇぇぇーーーっ!!」


「そっ、そんな! パパ、許して! 許してよぉ!」


「ええい、くっつくな! 貴様などもう息子ではないわ!

 謝れ! ママリア様に謝れっ!」


 すがりつく息子を足蹴にする父親。

 そこに、ホンワカした声が割り込んでくる。


「あら、ママは別に気にしてないわ。だってこんなにかわいい形で返してもらったんだもの。

 ドンちゃんもママに会えて嬉しいわよね? ねーっ?」


「うにゃあああんっ!? くっつくな! お前なんか最初から母親じゃねぇ!」


 頬ずりする母親を足蹴にする息子。

 ユピテルの父親は土下座した。


「ママリア様、こんなバカ息子にお慈悲をくださり、本当に身に余る思いです!

 では勘当は取りやめ、ユピテルを今日から屋敷の使用人としてこき使うことにいたします!

 しっかり反省したら、親子の縁を戻すというのはどうでしょうか!?」


「うん、それならいいわ。

 悪いことをしたらメッてするのは大事だけど、度が過ぎたらお尻ペンペンするのは大事だものね。

 ドンちゃんはいい子だから、お尻をナデナデしてあげます」


 ママリアはオッサンを鼓のように小脇に抱えなおし、お尻ペンペンの体勢を取らせる。

 しかし叩くことはせず、尻尾の生えた臀部をするりと撫でる。


 ママリアはいままでオッサンを抱っこしてきた者のなかで、いちばん扱いが手慣れていた。

 オッサンがいくら抵抗しても、するりとガードをパスしてくる。


 おかげでオッサンは、大勢が見ているなかでお尻を撫でまくられてしまった。


「うにゃあああんっ!? これどんな羞恥プレイ!? やめて! やめてーっ!?」


 小さな足と長いしっぽをジタバタさせるオッサンに、その場にいた者たちは同じ感想を抱く。

 「かっ、かわいい……!」と。


 そこに、空気の読めないオヤジ声が。


「まったくもってママリア様のおっしゃる通りなのであーる!

 度が過ぎた行為にはしっかりとお仕置きをするのが親、そして教育者なのであーる!

 ユピテル君! キミを2階級降格とするのであーるっ!」


 校長はユピテルの処遇を厳重注意で終わらせるつもりであった。

 理由は明白で、彼の父親から多額の寄付を受け取っているからである。


 しかし父親が重い罰を下し、それを『試練連』の会長であるママリアが賛同したとなると、今度は自分の処遇が疑問視されかねない。

 そうなる前に、先手を打ったのだ。


 ユピテルはたまったものではない。


「そ……そんなあああっ!? 俺はいままで一度だって降格したことがないのに!?

 それに2階級といえば『灰鼠級』……! 落ちこぼれのポジションじゃないかぁぁぁぁっ!?

 そんなのやだっ! いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」


「腐ったミカンは早々に箱から投げ捨てるのである! これにて一件落着なのである!」


「イェス! さすがはアデル校長! すばらしいリーダーシップですねぇ!

 このイェスマン、一生ついてまいりますっ!」


 校長と教頭の三文芝居に、あたりの空気はこれ以上ないほどに白けてしまっていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 報告会は誰もが予想だにしなかった展開で幕を閉じた。

 ママリアは当然のようにオッサンを連れ去ろうとしたが、スカイたちが引き留めてくれたおかげでそれは未遂に終わる。


「ドンちゃんとお別れは寂しいけれど、また来まちゅからね~」


 そう言ってママリアは白い馬車で去っていった。


 スカイたちは『灰鼠級』から2ランクアップし、『黒猫級』を飛び越え『茶鹿級』に。

 逆にユピテルは『茶鹿級』から2ランクダウンして、『灰鼠級』に。


 学校側は『灰鼠級』落ちこぼれを見せしめにするためのポジションとして利用していた。

 そのためユピテルは学校内では冷遇され、他の生徒たちからはハブられる毎日を送る。


 しかも家では使用人扱いなので、いままでさんざんイジめてきた使用人たちから仕返しを受けているという。


 それから数日後、スカイたちはイッテツの鍛冶屋を再び訪れていた。


「こんにちは、イッテツさん!」


「おお、嬢ちゃんたちか! クエストはうまくいったか!?」


「ええ、これもイッテツさんのおかげです。

 今日は、その報告をしに来たんです」


「そうかそうか、じゃあ今日はもう店じまいだ!

 とっておきの酒……いや、茶を出してやっから、土産話を聞かせてくれよ!」


 スカイたちはイッテツとともに茶飲み話に花を咲かせる。

 その途中、スカイは封印の水晶瓶を取り出し、イッテツに見せた。


「これは……!? サンダーバードの羽根じゃねぇか!?

 それも、こんなにたくさん……!? ぜんぶで100本はあるぞ!?」


「ええ。ドンちゃんがサンダーバードに交渉して、もらってくれたんです」


「交渉!? 信じられねぇな! でも、どうやら本当みてぇだな!

 だって、こんなに傷ひとつねぇ羽根は初めてだ!」


「そうなんですか?」


「ああ。サンダーバードの羽根ってのは普通は抜け落ちたものを拾うんだが、羽根は抜け落ちたら弱くなって傷付きやすくなるんだ。

 だから痛んでないサンダーバードの羽根ってのは貴重で、高額で取引されるんだ。

 無傷の羽根がこれだけあると、3000……いや5000万エンダーはくだらねぇな」


「それ、ぜんぶ差し上げます」


「えっ!? なんだって!? いや、嬢ちゃんたちからこんな高価なものを受け取るわけには……」


「ドンちゃんが持ってけって言ってました。投資の配当金とも言ってましたけど」


「そういうことか……こりゃ、一本取られたな! がはっはっはっはっはっ!」


 そのころオッサンは、酒場のカウンターに座っていた。


 『カウンターに座る』という表現は、厳密にはカウンターの手前にある椅子に座る行為のことだが、オッサンの場合はそのまま、カウンター自体にちょこんと腰掛けていた。

 なぜならば、椅子だとカウンターに届かないからである。


 オッサンは足をぶらぶらさせながら、通りかかったウエイトレスに声をかけた。


「おい」


「うわぁ、びっくりした!? ぬいぐるみがしゃべった!?」


「ぬいぐるみじゃねぇよ、妖精だ。それよりも、ビールくれよ」


「妖精がビール飲みにくるんだなんて、世も末ねぇ。はいどーぞ」


「天使だってワインを盗み飲みするんだから、妖精がビール飲んだっていいだろ。

 って、あんまぁーーーーーーっ!? なんだこれ、炭酸ジュースじゃねぇか!?」


「そうよ、子供ビールってやつ」


 彼はスックと立ち上がると、これまで何度言ったかわからない台詞を叫んだ。


「俺は子供じゃねぇ、オッサンだぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」

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Sランクパーティに裏切られ、もふもふな妖精になってしまったオッサン SSSランクの女勇者パーティに拾われ溺愛される ハズレスキルだったバフ能力もいきなり覚醒、美少女たちとともに最強パーティとなる 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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