第19話
『冒険者試練連合』の新会長、その名はママリア。
清流のように美しく、足元まで伸びた長い髪。
女神の肖像画から飛び出したような、慈愛あふれるやさしい微笑み。
その時点で万人が見とれてしまうほどに神々しい美しさなのだが、人目を引くのは肩から下であった。
妖精のオッサンをすでにふたり抱っこしているかのようなバストは、少し動くだけでゆさゆさと揺れる。
まさに女神降臨の瞬間に、その場にいた者たちは息が止まるほどに驚いた。
周囲の生徒たちはあまりのオーラにマスゲームのように一斉に膝を折る。
校長と教頭はステージから飛び降り、すかさずヘッドスライディング。
ママリアの足元に這いつくばり、ハンカチで白いヒールをキュッキュと磨いていた。
「まっ、ママリア様! 当学園への視察は夕方からではなかったのありますかっ!?」
ママリアはニッコリと微笑みながら答える。
「はい、表向きはそうですね。
『試練連』は子供たちが正しい教育と、正しい評価を受けて健やかに育っているかを見守る義務があります。
ありのままの学び舎を見せていただくために、こうして生徒さんのフリをしていたのです。
ママだけでなく、保護者の代表の方といっしょに朝からこうしていろいろと見させていただきました」
「と、ということは、まさかこの報告会も……!?」
「ええ、もちろん最初から見させていただきました。
もう、ずっと我慢できなくなくって……!」
ママリアはそう言うなり、脇目もふらずに走り出す。
大きな胸をパンチングボールのように揺らしながら、ステージに駆け上がると、
「ああああんっ! もう、かわいいいーーーーーーーーーーーっ!!」
オッサンを抱き上げ、
ぶっちゅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーっ!!
と音が聞こえてきそうなくらいの、強烈なベーゼをかました。
あまりのこととに石化するスカイたちと、魂が抜けたようになるオッサン。
そのままオッサンを抱きかかえると、授乳でもするかのように胸に顔を押し当てる。
「うふふ、いいこでちゅねぇ~! ママのおっぱいはどうでちゅかぁ~?」
「うにゃああああんっ!? やめろっ!? やめろぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!」
オッサンは懸命に両手を突っ張って押し返そうとする。
しかしサイズの対比として、運動会の大玉運びのように巨大な存在の前にはなすすべもない。
まるで雪崩に飲み込まれるように、まるごと埋まり込んでしまう。
その様子を、うらやましさ全開で眺めていたユピテル。
彼はもうすっかり蚊帳の外だったが、あることを思いつく。
この窮地をひっくり返す、起死回生の一手を……!
ユピテルはママリアの胸、いやオッサンめがけてバッと指を突きたてる。
「まっ、ママリア様! コイツは妖精のような見た目でドンちゃんなんて呼ばれてチヤホヤされてますが、実はバリバリに汚いオッサンなんです!」
「ええ、そうみたいね。声がとっても渋いもの」
「いいえ、中身だけじゃありませんっ!
元々コイツは、バリバリに人間のオッサンだったんです!」
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
その暴露には、ステージ下の生徒たちだけでなく、ステージ上のスカイたちも度肝を抜かれていた。
反応に気を良くしたユピテルは、息を吹き返したようにまくしたてる。
「もちろん証拠もあります!
俺の家にあった『メタモルフォシスの石』を使って、このオッサンをバリバリにロロポックルに変えてやったんです!
その石の効果はどのくらい続くかわかりませんが、コイツの中身はホームレスみたいにきったないオッサンなんです!
さぁ、ママリア様! そいつをバリバリに手放すのです!」
校長と教頭も立ち上がる。
「や……やったのである! もしそれが事実なのであれば、大逆転なのであるっ!」
「イェスっ! あれほどまでに美しいママリア様なら、激怒されるに決まっています!
きたないオッサンはもちろんのこと、そんなきたないオッサンと一緒にいる、メスガキにも愛想を尽かすに違いありません!」
「ママリア様が見放したとなれば、大手を振ってメスガキ勇者を落第させられるのである!
そうなれば、『教練連』の会長への面目も立つのであーるっ!」
オッサンは「終わった……!」と今度こそ、本当の本当に覚悟を決める。
偉大聖女を騙していたとなれば、もはやド変態どころではなく、極刑は免れない。
良くて終身刑、最悪は……!
聖女の上層部はヒステリックな女性が多い。
気に入らないことがあればわめきちらし、八つ当たりのように罰を与える者がほとんど。
オッサンは最後の時を前に、身を固くする。
雷を怖がる子供のようにきつく目を閉じ、耳を塞いで身を固くしていた。
きっとこれから、ママリアはおぞましい悲鳴とともにオッサンを床に叩きつけ、ヒールで踏みにじることである。
偉大聖女のカミナリともなると、その恐ろしさは想像を絶するほどに違いない。
そしてそのカミナリは、ついに降り注いだ。
「ああん、もう! ドンちゃんが怖がっちゃったじゃない!
ああ、バリバリのお兄ちゃんがへんなこと言ったから怖かったんでちゅよねぇ~?
かわいそうに、ママがメッしてしてあげるから、怖くないでちゅよぉ~?」
我が子のようにオッサンを撫でまくるママリアに、ユピテルは慌てた。
「ちょ……!? ママリア様、俺の話をバリバリに聞いてましたか!?
そいつは人間のオッサンなんですよ!?」
「ええ、それがどうかしたの?」
「えっ」
「ドンちゃんが妖精だろうが人間だろうが、ママがお腹を痛めて産んだ赤ちゃんであることには変わらないわ。
ねっ、ドンちゃん!」
「なっ……なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
偉大聖女のカミングアウトは、イナズマシュートでゴールが吹っ飛ばされたピッチのように騒然となる。
てんてんと転がるボールのように暴れながら、オッサンは叫んだ。
「お……俺がいつお前から生まれたんだよっ!?
うにゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!?」
校長はその機を逃さなかった。
彼はその変わり身の早さでここまでのし上がってきたのだ。
スックと立ち上がると、教育者らしい堂々たる態度で宣言する。
「スカイ君! キミたちのクエスト成功を認め、2階級特進とする! キミたちは我が校の誇りなのである!
それに比べてユピテル君! なんなんだキミの体たらくは!?
自分のクエストの失敗を、あろうことかママリア様のご子息であるドンちゃん様に押しつけ、誤魔化そうとするとは!
キミのお父上は当学園にも多額の寄付をくださっている立派な勇者様である!
そのお父上を見習って、反省するのである!」
スカイたちはとうとう額面どおりの評価を校長から引き出すことに成功した。
そしてユピテルに下されたのは、『厳重注意』。
彼がしでかしたことに比べたら軽微すぎる判決である。
それでも今まで叱られたことのないお坊ちゃん勇者にとってはショックであった。
「そっ……そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
大袈裟な絶叫とともに、膝から崩れ落ちるユピテル。
しかし彼の受難はこれだけではなかった。
生徒の中から歩み出た、ひとりの男子生徒。
相撲取りのように太っていたが、彼もママリアと同じく肉じゅばんであった。
ふぅ、ふぅ、と肩を激しくうち震わせている。
理由はわからないが、怒りのあまり我慢できなくなってしまったようだ。
バリバリと外皮を剥がして現れたその顔に、ユピテルは全身の血が凍りついたように戦慄する。
「ぱっ……パパぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
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