第18話
スカイが、獲得してきたサンダーバードの羽根の数を発表した瞬間、誰もが黙り込んだ。
あまりにも荒唐無稽な数が飛び出したからだ。
司会進行の教頭は目をぱちくりさせていたが、校長は手を叩いて笑う。
「がっはっはっはっ! そりゃ傑作であるな!
一流の勇者でも5本を持ち帰るので精一杯なのに、その20倍もの羽根を持ち帰るとは!
では証拠を見せるのである! まさか途中で落としたとか子供じみた言い訳をするわけではないであろうな!?
クエストは納品しなければ意味ないのである! そんなのは冒険者の常識である!
ああ、それとも冗談であるな!? なら傑作であるな! みんな、笑ってやるのだ!」
校長が音頭を取ると、全校生徒がどっと笑った。
教頭は大袈裟に腹を抱えて笑っていたが、
「そんなに見たいなら見せてやるとするか、おいガーベラ」
「うむ」
オッサンの指示でガーベラがリュックから瓶を取り出す。
その中には、ギッシリと詰まったサンダーバードの羽根が……!
途端、笑いは驚愕に塗り替えられる。
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「へへーん、これ、なーんだ?」
さらにガーベラの隣にいたキャルルが、長いネイルでつまんでみせたのは、なんと……。
「さっ、サンダーバードの肝石ぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
教頭はのけぞり、校長は椅子から転げ落ちる。
ステージ下の生徒たちは、将棋倒しのようにバタバタと倒れ、尻もちをついていた。
オッサンは高らかに叫ぶ。
「指示どおり、ちゃーんと羽根と肝石を持ち帰ってやったぞ!
クエストシートによると、肝石を持ち帰れば2階級特進させてくれるんだよなぁ!?」
「うっ……うぐぐっ……!」とあとずさる教頭。
助けを求めるように校長を見るが、校長は知らんぷり。
なおもあたふたとあたりを見回したところ、校門にいたある人物を見つける。
それは今の教頭にとって、起死回生の一打となる存在であった。
「い……イェス! イェス! イェス! イェスぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーっ!
ユピテル君が帰還しました! サンダーバードの羽根を持って! イェスゥゥゥゥーーーーっ!!」
ユピテルは校門にしがみつくように立っていた。
同行していた仲間はおらず、いつも身に付けている高価な剣や鎧はなく、身体にボロ布を巻いている。
穴の空いたリュックサックだけを、命よりも大事そうに抱えていた。
すっかり変わり果てた姿であったが、教頭は嬉々としてステージに彼を招き入れる。
「イェス! このステージは本当は、ユピテル君のために催されたものだったのです!
ユピテル君! サンダーバードの羽根は手に入れましたよね!?」
ユピテルは教頭から与えられた最高級のポーションを飲み終えると、汚れた手で口を拭った。
「当たり前だろ、教頭。俺を誰だと思ってるんだ……!
バリバリの勇者、ユピテル様だぞ……!」
教頭はガッツポーズを取る。
「イェス! イェス! イェスぅぅぅぅぅーーーーーーーーーっ!
これでスカイさんたちのクエストは失敗ですぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーっ!!」
聞き捨てならない一言に、「なに?」となるオッサン。
「おい教頭、それはどういうことだ?」
「イェーッス! ユピテル君がサンダーバードの羽根を持ち帰った場合、スカイさんのクエストは取り消しになるのでーっす!
そのことは、クエストシートにちゃーんと書いてありまーっす!」
衝撃のルールに、スカイたちは慌ててクエストシートを見直す。
すると羊皮紙の裏、しかも片隅に米粒のような字で、その文言が書かれていた。
「えーっ、なにこれなにこれ!? 超ズルくない!?」
「卑怯だぞ、教頭っ!」
「イェーッス! だって今回の用命はサンダーバードの羽根は1本でしたから、1本以上はいらないのでーっす!
その場合は、先にクエストを受諾したほうの納品が有効になるのは、冒険者の常識でぇーっす!」
学校が指示するクエストというのは独自で考え出されたものもあるが、ほとんどはプロの冒険者が行なうものと同じで、依頼人が存在する。
今回の場合は、サンダーバードの羽根を1本欲しがっている依頼があったということだ。
そして納品物は冒険者ギルドが受領し、依頼人に渡すのだが、依頼人に渡るまでに複数の納品があった場合は、クエストの受諾順によって誰の成果となるかが決定される。
より実践的な教育を目指すこの学園でも、同じ裁定方法が採られていた。
しかしその場合は、そのようなルールで判断されることをしっかりとクエストシートに明記し、冒険者側に受諾の判断を委ねるのが普通である。
スカイたちはぶーぶーと騒ぎたてていたが、オッサンは少しも動揺していなかった。
小さな肉球をスッとかざして少女たちの苦情を押しとどめると、ニヤリと口を開く。
「よぉし、それじゃあユピテルが獲ってきたという羽根を見せてもらおうか」
ここでユピテルは初めてオッサンの存在に気付いた。
「て、テメェ……!? バリバリに生きてやがったのか……!?」
「そんなことは今はどうでもいいだろう。さっさと見せろ」
「そ……そこまで言うなら見せてやるよっ! バリバリにな!」
ユピテルはボロボロのリュックに手を突っ込み、中をまさぐる。
その顔色が、みるみるうちに青くなっていく。
「なっ……!? ななっ……!? ないっ!?
サンダーバードから逃げる途中に1本拾って、バリバリにこの中に入れておいたはずなのに……!?
ないっ!? ないっ!? ないぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「そりゃそうだろ。俺がいなかったんだからな」
「な……なんだとっ!?」
「サンダーバードの羽根はな、抜け落ちたのを拾ったらすぐに封印の水晶瓶に入れないと駄目なんだ。
そのまま持ち歩いたりしたら、すぐに灰になって消えちまうんだよ」
「なっ……なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
逆転シュートが自軍のゴールに突き刺さったかのようにアタフタする教頭。
校長は立ち上がって叫んだ。
「ユピテル君がサンダーバードの羽根を手に入れたという事実は揺るぎないのである! ならばクエスト達成と認めるのである!
この勝負、ユピテル君の勝ちなのであーるっ!」
「い、イェス! さすがは校長! 名采配であります!
スカイさんのクエストはしっぱいなのでありますぅ~っ! ベロベロバァーッ!」
校長と教頭は勢いでその場を乗り切ろうとしていたが、さすがに無理があった。
「いや……さっき校長、『クエストは納品しなければ意味ないのである!』とか言ってなかったか?」
「うん! 『途中で落としたとか子供じみた言い訳をするわけではないであろうな!?』とも言ってた!」
「ユピテル君のは、その子供じみた言い訳じゃないのかよ……」
ざわめく生徒たち。
無理を通せば道理が引っ込むとばかりに、校長は怒鳴り散らす。
「ええい! うるさいのである! 冒険者事情は刻々と変化するのである!
この校長であるワシがユピテル君の勝ちだといったら勝ちなのであーるっ!!」
「イェス! アデル校長のおっしゃる通りです!
異論のある生徒は前に出てくるのです! もちろん、それ相応の覚悟をしてな!」
権力をふりかざされては生徒たちは黙るほかなく、ただの人だかりと化す。
しかしその中にひとり、勇気ある少女がいた。
「では、一言いわせてもらってもよろしいかしら?」
「「誰だっ!?」」と血走った眼で声のした方向を見やる校長教頭コンビ。
そこには、女力士のように太った女生徒が。
しかしそれは仮の姿であった、彼女がばりばりと肉じゅばんを脱ぎ捨てると、そこには天使のような肢体。
そして、女神のような美貌がっ……!
「しっ……新会長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
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