第16話

 その日の夜、少女たちは交代で見張りをして就寝した。


 勇者パーティというのは普通、勇者だけに見張りをさせて自分は高いびきというのが普通。

 かつてオッサンがいた勇者パーティではオッサンがいちばん下っ端だったので、寝ずの番はオッサンの役目だった。


 しかしスカイは仲間たちに押しつけるようなことはせず、自分も見張りのローテーションに組み込んでいた。

 オッサンは「見張りなら俺がやるよ」と申し出たのだが、それは仲間たちから猛反対された。


 結局、オッサンは5人の少女たちに付き合う形で夜を明かす。


 そして次の日の朝。

 サンダーバード討伐に向けて身支度を整えた少女たち。


 いつもは賑やかな彼女たちも、今日は言葉少なだった。

 森の澄んだ空気のなかに、ピリッとした緊張感が漂う。


 普段は抱っこを嫌がるオッサンも、この時ばかりはぴょんと跳ね、積極的に彼女たちの胸に飛び乗った。


「ドンちゃんが抱っこをせがむなんて初めてだね。嬉しいな」


「居心地がいいことに気付いてな」


 少女たちの腕のなかで目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らすオッサン。

 自然と彼女たちの顔がほころぶ。


 オッサンは少女たちの緊張がだいぶほぐれたのを察すると、腕の中から岩へと飛び移る。

 そして、ふたまわり以上歳下の少女から、同じ仲間に接するような口調へと切り替え、こう言った。


「よし、それじゃあサンダーバードとやりあうとするか。

 作戦は道中に打ち合せしたとおりだが、ひとつ付け加えておくことがある」


 「えっ? なあに?」と少し驚いた様子のスカイ。


「俺がどんな目に遭ったとしても、当初の作戦を絶対に変えるな。

 たとえばパーティメンバーが閃迅せんじんの谷に落ちたりした場合は退却ということになっているが、俺が落ちた場合は、無視して作戦続行しろ」


「ええっ!? そんなの嫌だよ!」


「俺はお前たちと違って妖精だから、少々の目にあっても無傷でいられるんだ。

 それにサンダーバードはアドリブで勝てる相手じゃない。

 最後まで作戦どおりにやって、なんとかなるヤツなんだ。

 お前たちは学校を卒業して、上位職として活躍したいんだろう?

 なら、脇目もふらずに戦え! 俺のことなんて気にするな!

 ここらでひとつ、死に物狂いになってみろ!

 なぁに、俺はどんな目に遭っても死なないから大丈夫だ!」


 小さな手でモフッ、と胸を叩くオッサン。

 仲間たちは一抹の不安を感じながらも、頷くほかなかった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 スカイたちがキャンプした森から閃迅せんじんの谷までは1キロも離れていない。

 おかげで他のモンスターと遭遇することもなく、ダイレクトに乗り込むことができた。


 森を抜けた途端、オッサンは声を引き締める。


「谷に入った! ヤツはいつ襲ってくるかわからんぞ! 気を引き締めるんだ!」


 そしてそれは、脊髄反射のような速さで起こった。


「キエェェェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」


 怪鳥のような奇声がしたかと思うと、次の瞬間、スカイたちは天井が降ってきたかのような圧力に押し倒される。


「来たっ!? うわぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 そしてオッサンの身体は、暴風に巻き上げられるかのように飛び上がった。


「ああっ!? ドンちゃん!? ドンちゃーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」


 倒れたまま空に向かって手を伸ばすスカイ。

 サンダーバードのあしゆびにガッチリと掴まれたオッサンは、空に連れ去れながらも叫ぶ。


「俺のことは気にするなって言っただろ! 俺に当たるかどうかなんて気にせず、バンバン攻撃を撃ち込めっ!」


 オッサンは知っていた。

 聖獣の好物である自分がいる以上、閃迅せんじんの谷に入った途端にサンダーバードが襲ってくるであろうと。


 それは想像以上のいとまの無さだったが、だからこそ手前の森でキャンプを張ったのだ。


 そしてオッサンにとってこれは作戦のひとつであった。

 仲間たちに打ち明けたら大反対されると思い、言わなかった作戦、それは……。


「かかったな! イナズマ野郎っ! 付与術師エンチャンターであるこの俺をさらって、タダですむと思うなよっ!」


 オッサンは猫に襲いかかる窮鼠のように叫ぶ。


俊敏性減少ウィークネス・アジリティっ!」


 ぐももももっ……!


 瞬転、青空が暗雲に覆われるようなダークオーラが広がり、サンダーバードを包み込む。

 眼下の仲間たちが叫んだ。


「うわあっ、なにアレ!?」


「あ、あれってば、デバフだし! オッサンがデバフを使ったんだ!」


「ごらんください! あれほど素早かったサンダーバードさんの動きが、みるみるうちに遅くなってます!」


 そう。付与術師エンチャンターの能力は、仲間の力を底上げする『バフ』だけではない。

 その逆の弱体化の『デバフ』の使い手でもあるのだ。


 オッサンは呪文などを詠唱タイプの付与術師ではないので、デバフの出番はほとんどなかった。

 前衛でもないモンスターに触れるなど、自殺行為でしかないからだ。


 しかし今回は、かつてサンダーバードにさらわれた経験から、この作戦を思いついた。

 だからこそ、勝機を見いだしていたのだ。


 そしてスカイはようやく、オッサンが出陣前に口にしていた不穏な言葉の意味を理解していた。


「ドンちゃんはこのことを知っててわざとサンダーバードに捕まったんだ!

 や……やめてドンちゃんっ! やめてぇーーーーーーーーーーーーっ!!」


 半泣きで叫ぶスカイの両肩が、ガッと掴まれる。


「スカイ! 毛玉は自らを犠牲にしてまで敵を弱体化してるんだぞ!

 毛玉の想いを無駄にするなっ! 毛玉に言われたことを思い出せっ!

 死に物狂いで戦うことこそが、いまの我らがすべきことだっ!!」


 スカイは頬をぶたれたようにハッとなる。

 瞳に浮かんだ涙を吹き飛ばすようにぶるんと顔を振った。


「よ、よし、戦おう! ドンちゃんのためにっ!

 みんな、学校から支給されたポーションを飲んで!

 キャルルちゃん、攻撃魔法をおねがい! セフォンちゃんは弓で援護!

 バンビちゃんはふたりを守ってあげて!

 ガーベラちゃんはボクといっしょに降下攻撃に備えるんだ!」


「オッケー!」「かしこまりました!」「承知」「うむっ!」


 とうとう戦う決意を固めた少女たちは、腰に携えていた能力倍加のポーションをあおる。

 カアッと全身が熱くなり、身体に力がみなぎるのを感じながら、作戦どおりの陣形に散開した。


 そして、いよいよ交戦開始……!


 となるはずだったのだが、気の抜けた声が空から降ってきた。


「おーい! 攻撃やめ! 攻撃やめろーっ! 撃つな! 撃つなーっ!」


 オッサンがサンダーバードに掴まれたまま、両手をぶんぶん振っている。

 少女たちが「え……」となっていると、少し離れた場所にサンダーバードがゆっくりと着地。


 オッサンは連れ去られたはずなのに、なぜかサンダーバードの趾からよっこらしょと抜け出すと、トコトコと駆け寄ってきた。

 そして、信じられないことを少女たちに告げる。


「空でサンダーバードと話したら、なんか肝石くれた」


 オッサンは川で拾った綺麗な石を見せる子供のように、キラキラと光る黄金の秘石を差し出していた。


「えっ……えええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」

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