第10話
スカイが束の間の安らかな夜を過ごしていた頃、学園の校長と教頭はさらなる悪巧みの夜を明かしていた。
同じ夜でも大きな違いであるが、ここにもうひとつ、別の夜があった。
オッサンを妖精にして追放した、勇者ユピテルの一行である。
彼らはサンダーバードに戦いを挑んだもののあっけなく返り討ちにあう。
落雷攻撃を受けて黒焦げになり、命からがら
月明かりだけを頼りに、森の中をさまよっていた。
「ねぇユピテル? ここどこなのーっ?」
「そんなこと俺に聞くんじゃねぇ! バリバリにすっぞ!」
「ええっ、それ本当ですか? じゃあ今はどちらに向かってるんですか?」
「バリバリ知らねーよ!」
「マジか!? 道もわからないのに先頭を進んでたのかよ!? マジ信じらんねー!」
「でも谷までは迷わずいけたはずじゃん?」
「本当ですね。ではなんで帰り道がわからないでしょうか?」
若者たちははたと立ち止まり、ススだらけの顔を見合わせる。
そして同時に、あっと声をあげた。
「お……オッサンだぁーーーーーーっ!!」
「そうか、いままであのオッサンがバリバリ道案内してやがったのか!」
「マジか。いつもすんなり目的地に着いてたから気付かなかったし!」
「本当におどろきです。あんなオッサンでも役に立ってたんですね」
「しかしもうオッサンはいないじゃん? 完全に道に迷っちまったじゃん?」
「あんなオッサンなんていなくてもバリバリ問題ねぇ!
歩いてりゃ自然と森の外に出るだろうが!」
「マジか。でもあたし、腹へったー!」
「そうだな、ここいらでちょっと休憩してメシでも食うか。それからバリバリ行こうぜ!」
「本当ですね。では少し遅い夕食といきましょうか」
「んじゃあ、食べ物を出すじゃん?」
そして若者たちは再び顔を見合わせる。
まるで相手が捕球してくれるであろうと期待する野手のように動かずにいたが、やがて、
「お……オッサンだぁーーーーーーっ!!」
食べ物などはすべてオッサンが運ぶ役目だったことに気付いた。
「チッ、またあのオッサンかよ……いなくなっても迷惑かけるなんて、バリバリの役立たずじゃねぇか。
しょーがねぇ、食い物を集めるぞ!」
「マジか。でもオッサンはそのへんからキノコとか木の実とか集めてたよね」
「本当ですね。鳥とかお魚とかも獲ってました」
「オッサンにできるのなら、俺たちにもできんじゃん?」
「よぉーし、俺はここにいて火を起こすから、お前らは食い物を探してこい!
オッサンなんかよりバリバリいい食い物を持ってくるんだぞ!」
「マジか。また自分だけ楽しようとしてるし……」
「本当ですね。こういうのは男性の仕事なのに……」
「まぁまぁ、ユピテルの言うとおりにしようじゃん?」
戦士ジャン、魔術師マジカ、僧侶フォントの3人は勇者ユピテルの前から散っていく。
その間にユピテルは拾ってきた木をこすり合せて、火を起こそうとしていたのだが……。
しかしいくらやっても、煙ひとつ立てることはできなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……! バリバリやってんのに、なんで火が起きねぇんだよ!?
オッサンは簡単に火を起こしてたのに!」
ここであきらめてはオッサンよりも劣っている気がして、ユピテルは力任せに木をごりごりと回転させる。
しかし木をきりもみさせての火起こしというのは、初めての素人には難しい。
しかも見よう見まねとあっては、いくら力があったところでただの徒労に終わってしまう。
ユピテルはとうとううつ伏せに倒れてしまい、虫の息になっていた。
そこに、這いつくばった仲間たちが帰ってくる。
「うっ……うう……痛ぇ、痛ぇよぉ……」
「マジ、マジでありえないんですけど……」
「本当に、魚を獲るのがあんなに難しいだなんて……」
「はぁ、はぁ、はぁ……お前たち、どうしちまったんだよ……メシはどうしたんだ……?」
ユピテルが尋ねると、仲間たちは一斉にキレた。
「それどころじゃないじゃん! 木の実を取ろうとして木に登ったら落ちて足をくじいちゃったじゃん!」
「マジ最低! あたしも崖から足を踏み外してヤバかったんだから!」
「私なんて川に落ちて、溺れて本当に死ぬところだったんですよ!」
「はぁ!? お前らなにやってんだよ!? オッサンだったら食い物をバリバリ持ってきてた頃だぞ!?」
「マジか。っていうかユピテル、あんたはどうなん!?」
「本当にそうですよ、火はぜんぜん起こせてないじゃないですか」
「そ、それよりもフォント、俺が足がくじいたのを治癒してほしいじゃん……」
「もうそんな気力、本当に残ってませんよ! そのへんにある木でも杖にしたらどうですか!?」
「おい、お前らケンカするじゃねぇ! もう一度メシを探しに行ってこい!
今度はバリバリに見つけるまで帰ってくるんじゃねぇぞ!」
「マジか。っていうかもうハラペコで動けねーし! 今度はユピテルが行ってきてよ!」
「本当にそうですよ。狩りというのは本来は男性の仕事です。
それを女性にやらせるだなんて、勇者として本当に恥ずかしい人ですね」
「なんだと、テメェっ!? バリバリにすっぞ!」
とうとう仲違いしてしまう若者たち。
ユピテルに対して女性陣のマジカとフォントが協力し、1対2で掴み合いのケンカを始める。
「テメェら下位職のクセして、バリバリ勇者の俺に逆らうなんていい度胸してるじゃねぇか!」
「マジで言いやがったな!? 前々から思ってたけど、あんたはどーせオヤジのコネで勇者になった口だろ!」
「本当にそうです! 親の力が無ければなんにもできない無能勇者のクセして!」
お互いに戦争レベルの言葉を口にしてしまい、パーティの仲は修復不可能にまで険悪になる。
しかしこんなときはいつも、オッサンの一言があった。
「まあ落ち着けって、鼻からカンの虫が出てるぞ。
あったかいコーヒーを淹れてやっから……」
キャットファイトの真っ最中であった3人の若者たちは、好物の猫缶が開く音を聞いた猫のように、ハッと声のほうを見る。
そこには、困り顔のジャンがいた。
「あ……。俺たちがケンカすると、オッサンがいつもこうして仲裁してくれたじゃん?
それもすげームカつく感じだったけど、おかげで俺たちはなんだかいって仲直りしてたじゃん?」
「お……オッサン……」
彼らの間に、湯気の向こうで笑うオッサンの顔が浮かび上がる。
しかしそれはすぐに、地鳴りとともに霧散した。
……ドドドドオッ!
ゴシャアアアアッ!!
どこからともなく突っ込んできた大きな影に、落ち葉のように舞い上げられる若者たち。
ぐしゃりと叩きつけられた彼らは、欠月のような角を頂く、獰猛なるシルエットを見ていた。
奇しくも彼らは、オッサンが数時間前までいたブルベアの森に迷い込んでいたのだ。
「お……オッサン! オッサァァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!」
深夜の森に轟く悲鳴。
少女の腕の中でようやくウトウトしはじめたオッサンには届くはずもなかった。
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