第7話

 学園じゅうの生徒や教師たちにこねくり回されて、オッサンはすっかりヨレヨレ。


「こりゃ、ブルベアと戦ったときより、ずっとキツいぜ……」


 壁に身体を預けるようにして、夕暮れの廊下をフラフラと歩いていると、またしても後ろからひょいと抱えあげられる。


「うにゃあんっ!? また……!」


 しかし抱え上げたのはスカイであった。


「ドンちゃん、こんな所にいたんだ」


 オッサンは抱っこされるのがあまり好きではなかった。

 そもそもオッサンは抱っこするものではないし、百歩譲って抱っこしたとして、地に足がつかなくて落ち着かないからだ。


 しかしこの時ばかりは、オッサンは少しだけホッとした。


「なんだ、お前か」


「もう、どこに行ってたの? みんなで手分けして探してたんだよ」


「好きでいなくなったわけじゃない」


「ドンちゃんお腹空いたでしょう? そろそろ帰ろうよ」


「そういえば、今日は朝からなにも食べてなかったな……でも帰るって、どこに?」


「寮だよ」


 『ユグドラ総合冒険者学園』は全寮制で、敷地内に校舎と寮がある。

 スカイは仲間たちと合流すると、オッサンを抱っこしたまま寮へと向かう。


 寮はもちろん男子寮と女子寮に分かれていて、一歩入るとそこは女の園だった。


「あっ、ドンちゃんだ!」


「ドンちゃんもここで暮すの!? やったぁ!」


「ドンちゃんだったらいつでも部屋に入ってきていいからね!」


 廊下を通り過ぎる女生徒たちはいちいち足を止め、挨拶がわりにオッサンを撫でていく。


「ドンちゃん、もうすっかり人気者だね」


 オッサンはいい加減嫌になって、顔を隠すようにスカイの胸に埋めた。

 しかしそれがまたかわいいと、後頭部を撫でられまくってしまう。


 寮の食堂では、オッサンを見るなり料理人のおばさんたちが大ハリキリ。

 特別メニューとして、旗つきのオムライスや目玉焼き乗せハンバーグ、プリンやオモチャが乗ったランチプレートを作ってくれた。


「って、これお子様ランチじゃねぇか! 俺はオッサンだぞ!?」


 「正確にはお子様ディナー」とバンビがボソリと突っ込む。


「どっちにしてもオッサンが食うもんじゃないだろ!」


「まあまあそう言わずに、せっかく作ってくれたんだから食べようよ、ねっ?」


 女子高生になだめられてしまうオッサン。

 スカイは当然のようにオッサンを膝に乗せると、スプーンでオムライスをすくう。


「はいドンちゃん、あーんして」


「あーん……案外イケるな。ってひとりで食えるわ!」


「ノリ突っ込みが下手」


「あっはっはっはっ! バンビってば相変わらず容赦ないし!」


「毛玉よ、貴様ひとりで食べるのは無理があるぞ。つまらん意地を張るんじゃない」


 オッサンは「そんなことあるか!」と、スカイの膝から空いている椅子に飛び移る。

 仲間たちが微笑ましそうに見守るなか、一生懸命背伸びをしてお子様ランチを食べようとする。


 しかしテーブルの上すらまともに見えず、食器にカツカツとスプーンが当たるだけだった。

 やがて疲れてしまったのか、テーブルクロスにずるりと崩れ落ちる。


「ほら、無理しないで。ごはんはボクたちが食べさせてあげるから」


 ふたたびスカイの膝上に戻されたオッサンは、やっと大人しくなった。

 スカイは自分の食事をしながらオッサンの世話をする。


「じゃあ次はハンバーグね。熱いからふーふーするよ」


「なんだか病人になった気分だ」


「はい、あーん。いっぱい食べたね、えらいえらい。じゃああとはお待ちかねのプリンだよ」


「待ちかねてない。プリンはいらん」


 するとテーブルにいた仲間たちの視線が一斉にオッサンに集まる。

 みな信じられないといった表情をしていた。


「えっ、プリン食べないの!?」


「ああ、甘いものは好きじゃない。欲しけりゃお前らにやるよ」


「マジっ!? じゃああたしもーらいっ!」


「あっ、ボクもほしい!」


「拙者も」


「じゃあみんなでジャンケンしようよ! ガーベラちゃんとセフォンちゃんはどうする?」


「自分も毛玉と同じで甘いものは興味がないが、ジャンケンというのは戦いにおいての先読みを養うというから参加しよう」


「お気遣いありがとうござます。わたしは結構ですので、みなさんでお分けください」


「もー! セフォンちゃんはまた遠慮して! ボクらは仲間なんだから遠慮しちゃダメだよ!

 さあ、入って入って! いくよ、じゃーんけーんぽーんっ!」


 プリンひとつで大騒ぎする彼女たちを見て、まだまだ子供なんだな、とオッサンは肩をすくめる。


 しかし、オッサンが今まで所属したパーティというのは、勇者が欲しいものをすべて独り占めしていた。

 でもスカイは仲間たちにちゃんと声をかけて、ジャンケンという平等な手段で分け合っている。


 ジャンケンの結果がどうであれ、少女たちは最高の笑顔で笑いあう。

 オッサンはいままでのパーティでは決して抱いたことのない、あたたかいものを感じていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「あー、たのしかったぁ、こんなに楽しいゴハンを食べたのは久しぶりかも!」


 寮の食堂を出たスカイたちは、廊下を連れ立って歩く。

 今はセフォンに抱っこされているオッサンは、どこに向かっているんだろうと疑問に思いつつも、大人しくしていた。


 セフォンはいつも石鹸のいい匂いがするのと、純白のローブがおろしたてのように綺麗。

 しかも胸がクッションみたいにふかふかなので、非常に居心地がいい。


 しかし、少女たちが廊下から曲がりくねった通路に入り、広い部屋へと出たとたん、オッサンは総毛立った。

 なぜならばそこは脱衣場で、今にも生まれたままの姿にならんとする少女たちで、あふれていたから……!


 キャッキャとした黄色い声に、むわっとした甘い香り。

 女子寮という女の園の中でも、そのエキスがいちばん濃縮された場所に連れ込まれたオッサン。


 さっそく見つかって、その場にいた女の子たちからハグ責めにあう。

 オッサンは下着やバスタオル一枚の胸に顔を埋めさせられ、うら若き乙女の肌の香りをめいっぱい吸い込んでしまう。


 フェロモンという名の酒蔵に迷い込んだ幼児のように、その匂いだけでクラクラしてしまうオッサン。

 ふとメロンのような豊乳の少女に抱きすくめられた思ったら、それはギャル賢者のキャルルであった。


 オッサンは谷間から顔を出して叫ぶ。


「ぷはあっ!? ま、まさか俺を風呂に入れるつもりかっ!?」


 「トーゼンっしょ」とキャルル。

 仲間たちもうんうんと頷く。


「そうだよ、ドンちゃんも今日はクエストをやって汗かいたでしょう?

 毛も汚れるみたいだから、綺麗にしないと」


「俺みたいなオッサンが女風呂になんか入れるか!」


「ドンってばまだそんなこと気にしてんの? もうドンがオッサンかどうかなんて、どーでもいいし」


「はい、わたしがきれいきれいしてさしあげますから、一緒に入りましょう」


「あ、さては毛玉よ、貴様は猫などと同じで水が苦手なんだな?

 だからオッサンなどと主張をして嫌悪感を誘い、入浴を逃れようとしているのであろう?

 しかし残念だったな! 貴様のようなオッサンがいてたまるか!」


「ち、違う! 俺は本当にオッサンなんだよ! それもお前たちがウジ虫みたいに嫌ってる、きったないオッサン!」


 オッサンは「俺、何言ってるんだろう」と内心思う。

 しかし自分を貶めた発言すらも、彼女たちには通用しなかった。


「きったないオジサンなら、なおさらお風呂に入らないとダメだよ!」


「そーそー! ウチといっしょに泳ごうよ、オッサン!」


「うふふ、たくさん泡立ちそうなおじさまです!」


「毛玉オヤジよ、我々を手間取らせるんじゃない! 大人しく入浴するのだ!」


 とうとう少女たちはオッサンを強制連行しようとする。

 しかしオッサンは注射を嫌がる猫のように身体をくねらせて腕から逃れ、一目散に走り出す。


 くノ一のバンビが「逃げた」とつぶやいている間に、脱衣場からいなくなってしまった。

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