第6話
アッパーカットのように振り上げられた少女の拳を受け、相撲取りのような巨体が吹っ飛ぶ。
それは、物理法則を完全に無視したような光景であった。
さながら、指1本で走っている車を止められると言ったAくんが、本当に走っている車の前に立ちはだかり、ひとさし指だけで車を受け止めたかのような。
「グ……オ……オ……?」
ブルベアの呻き声も、何が起こったのか理解できていない様子。
無理もない。
少女の串刺しを確信した次の瞬間には、鋼鉄の壁に衝突したような衝撃に襲われていたのだから。
それは誰が見ても奇跡であった。
しかしどんな運命のイタズラであれ、勝負は決する。
……ズドォォォォォォォーーーーーーーーーーーーンッ!
地面に叩きつけられたブルベアは、口から泡を吹いて動かなくなる。
少女たちはまだ自体が飲み込めず、あんぐりと口を開けたままだった。
「う……うそ、だろ……あの突進を、盾の一撃だけで止めるだなんて……」
「しかも、倒しちゃってるし……マジ、ありえないんですけど……」
「す、すごいです……! すごすぎます……!」
「ほ、本当に……ボクが、やったの……?」
くノ一のバンビだけは言葉もなく、目をまんまるに見開いていた。
オッサンは特に動じる様子もなく、スカイの肩から飛び降り、ブルベアの顔を覗き込む。
「完全にキマったみたいだな。
しかし想像以上の威力だったから、きっとスカイには盾を使う才能があるんだろう。
それと……」
オッサンは自分なりに今回の奇跡の要因を分析していた。
オッサンは味方に触れることによりバフ、いわゆるパワーアップを与えることができる職種である。
その度合は素肌であればより強くなり、また触れあう面積が大きいほど強力になっていく。
いままでオッサンは近づくだけで仲間から嫌な顔をされていたので、戦闘中にバフを与えようとしても、手を握るどころか汚物みたいに指先をつままれていた。
それだと触れる面積はわずかなので、たいした力は与えられない。
窮地のときは強引に手を握ったりして乗り越えていたのだが、その時は戦闘が終わるや否や仲間たちから袋叩きにあっていた。
今回は『おんぶ』されたので、触れ合った表面積は過去最大級となる。
それがバフの付与に大きく寄与したのだろう。
自分なりに勝因を結論づけたオッサンは、複雑な気持ちになっていた。
人間のときに女子高生におぶさっていたら、完全なるド変態扱いされていたであろうことに。
しかし前途ある若者たちの力になれたので、結果オーライだと思うことにした。
オッサンは爽やかに顔をあげる。
「さーて、あとはコイツにトドメを刺すなり、皮を剥ぐなり肉を獲るなり、煮るなり焼くなり好きなように……」
直後、オッサンの身体は花びらのように宙を舞っていた。
走り寄ってきた少女たちの手によって、胴上げされたのだ。
「きゃあああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
やったやった! やったぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「すごい、すごいよドンちゃん! まさかドンちゃんがこんなにすごい力を持ってただなんて!」
「かわいいうえに強いとは、卑怯にもほどがあるぞっ!」
「なにこの子!? マジヤバすぎなんですけどぉーっ!?」
「ああ、ドンちゃんさんはきっと、神様が遣わしてくださったに違いありません!」
「にんにん」
「うにゃあんっ!? やめろお前らっ! チョッカイかけるのは禁止だって言っただろっ!?」
「えーっ、ドンがさっき言ったし! 『煮るなり焼くなり好きなように』って!」
「って、それは俺じゃなくてブルベアのことだよっ!」
「細かいことはよいではないか! ドンもブルベアも同じけむくじゃらなのだから!」
「そうそう、おおざっぱに分けたら一緒だよね!」
「この世の生物を2グループに分けた場合、完全に一致」
「おおざっぱに分けるな! 2グループに分けるなっ!
うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」
少女たちの嬉しい悲鳴と、オッサンの嬉しくない悲鳴は、いつまでもいつまでも森の中にこだましていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
スカイたちが通う『ユグドラ総合冒険者学園』には、大きく分けて『上位職クラス』と『下位職クラス』が存在する。
それらは職種によって区分されているのだが、『上位職クラス』には勇者、騎士、賢者、聖女、忍者など。
『下位職クラス』には戦士、盗賊、魔術師、僧侶、弓術師などが在籍している。
そしてそれぞれのクラスには成績に応じて『灰鼠級』から『金獅子級』までの9段階の階級評価がなされる。
スカイたちは『上位クラスの灰鼠級』で、このままでは落第となり、下級クラス落ちするところであった。
最後のチャンスとして与えられたクエストで、スカイたちはブルベアのツノの入手に成功。
彼女たちは降格寸前だったのだが、なんとか踏みとどまることができたのだ。
しかも格上のブルベアを倒したということで、スカイたちは一躍学園の有名人となる。
しかしそれ以上に、大人気であったのは……。
「きゃあっ、なにこの子!?」
「もしかして、伝説の妖精のロロポックルじゃない!?」
「すごい! ロロポックルを仲間にするだなんて!」
「うわぁ、超かわいい! まるでぬいぐるみみたい!」
「ああん、こっちを見たわ! きゃーっ!」
「もう我慢できない、触らせて!」
「私も! 私も! うわぁ、ふわふわモコモコだぁ!」
「肉球なんてぷにぷにで、もうサイコーっ!」
学園の女生徒たちに囲まれ、オッサンはバーゲン会場に放り込まれた目玉商品のように揉みくちゃにされた。
「うにゃあああんっ!? やめろっ、やめろーっ!!」
しかもオッサンは性別や年齢、身分や立場の垣根すらも超越するほどに愛らしかったので、男子生徒や教師陣にも大人気。
「ふわぁ、この子、かわいいなぁ!」
「おいお前、汚い手でドンちゃんに触るんじゃねぇよ!」
「なんだと、汚いのはお前のほうだろうが! ニキビ面でドンちゃんに頬ずりすんじゃねぇ!」
「やめんか、お前たち!」
「あっ、先生!」
「なんだその生き物は!? 授業と関係ないものは没収する! ドンちゃ……いや、それをこっちに渡すんだ!」
「うにゃあんっ! お前らいい加減にしろーっ!」
キレたオッサンがパンチを放っても、ぷにぷにの肉球でむしろご褒美扱い。
「ああっ、いいなぁ先生!」「ドンちゃん、俺にもパンチしてよ!」
むさくるしい野郎どもが頬を染めて顔を寄せてくるので、オッサンにとっては生き地獄であった。
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