第5話
『ブルベア』は主に森林に棲息するモンスター。
ツノの生えたクマのような容姿をしており、ナワバリ意識が強いとされている。
素早い突進攻撃は脅威で、鎧なしで受けようものならツノで串刺しに。
鎧や盾で防御したとしても、衝撃により大きなダメージを受けてしまう。
女勇者スカイの一行は、さっそくその手痛い先制攻撃を受け、ボーリングのピンのように散り散りになってしまった。
ブルベアは二発目の突進を放つべく、鼻息を荒くしながら土蹴りをしている。
鉄兜のような頭部に生えているツノが、怒髪天を衝くように隆起。
一発目の突進はナワバリを荒らしたことによる警告だったので、ツノは水平であった。
それでもナワバリから出て行かないようであれば、今度はツノの鋭さが加わった突進攻撃に変わる。
ブルベアはいよいよ本気になったというわけだ。
なおも宙を漂っていたオッサンは、両手両足をジタバタさせて空中を泳ぐ。
「いたたた……」と倒れているスカイの元へと向かった。
「おい、しっかりしろ、スカイ! 二発目の突進が来るぞ! さっさと起きるんだ!」
オッサンはスカイの手を引っ張って起こそうとする。
畑に埋まった大きなカブを引っこ抜くように、んしょ、んしょとやってもぜんぜん起こせない。
スカイが自力で上体を起こすと、オッサンは勢いあまって後ろでんぐり返しのようにコロリンと転がる。
そのいちいち愛らしい仕草に、スカイは窮地だというのについ頬が緩んでしまう。
「ああん、もう! 何をやってもかわいいなぁ、ドンちゃんは!」
「そんなこと言ってる場合か! さっさと立ち上がれ! もう戦闘は始まってるんだぞ!」
「あ、そうだった!」
スカイは飛び起きて腰の剣を抜刀し、盾を構える。
「よぉし、かかってこい!」
しかし敵側のブルベアはそっぽを向いたまま。
どうやら、離れたところに飛ばされたガーベラとセフォンに狙いを定めているようだった。
スカイの足元でオッサンは叫ぶ。
「まずい! 防御の薄い後衛があの体当たりをくらったら一撃でオシマイだ!
スカイ! 『挑発』スキルを使ってブルベアの注意をこっちに向けるんだ!」
「ええっ、挑発!? でもボク、そんなスキル持ってないよ!?」
「前衛なのに挑発もないのかよ!? じゃあヤツをからかうぞ! 即席『挑発』だ!」
言うが早いがオッサンはブルベアに背を向け、お尻をフリフリ。
振り向いてベロベロバーっと舌を出す。
「やーい、ノロマ! お前の突進なんてこわくないぞー!」
「ふふっ、かわいい」
「ってなに見てんだよ! スカイ、お前もいっしょにやるんだ!」
「わ、わかったよぉ!」
スカイとオッサンは並んでお尻をフリフリしはじめた。
ふたり同時に振り向いて、これでもかと変顔をつくる。
「ばーかばーか! 突っ込むことしか能のないマヌケー!」
「ウシだかクマだかはっきりしろー!」
「くやしかったらかかってこいよーっ! それとも弱いヤツとしか戦えないのかーっ!」
すると、ブルベアは土蹴りの脚をピタリと止め、ギロリと眼光を向けてきた。
罵りが通じたかどうかは謎であったが、挑発されていることは雰囲気で察したようだ。
スカイとオッサンのいる方向に向き直り、あらためて突進準備のポーズを取った。
その血走った眼で睨み据えられ、オッサンはガッツポーズ、スカイはビクリと身体をすくませる。
「よし、ヤツの注意をこっちに向けたぞ!」
「わあっ!? こっちに来ようとしてる!? どうしよう、ドンちゃん!?」
「落ち着け、スカイ! お前、『シールドバッシュ』のスキルは持ってるか!?」
「うん、それならあるよ!」
「よし、ならまずは俺の手を握るんだ!」
「手を握る? なんで?」
「俺は味方をパワーアップさせる
しかし呪文とかじゃなくて、付与したい相手の身体に触ってないと効果が与えられないんだ!
だから俺の手を握って戦え!」
オッサンはそう言いながら精一杯背伸びをして、ちっちゃな手を伸ばしてくる。
その様はまるで手繋ぎをせがむ子供のようで、スカイはまたほっこりしてしまった。
「うふふ、やっぱりかわいい」
「ってなにニヤニヤしてんだよ!? さっさと手を繋げ!」
「わ、わかったよぉ。でもドンちゃんと手を繋ぐにはしゃがまないとダメなんだけど……これで戦うの?」
オッサンの身長は50センチで、スカイの膝くらいの高さしかない。
いくら背伸びして手を伸ばしたところで、スカイが膝を折らないと手は繋げなかった。
オッサンは歯噛みをすると、やむなしといった様子で言う。
「くっ……! それじゃあ俺をおんぶしろ! それなら立ったまま戦えるだろ!?」
「あっ、それいい! そうしよう!」
スカイは嬉々としてオッサンを抱き上げ、背中に回す。
オッサンはスカイのマントにしがみつき、肩にアゴを乗せた。
「よし、迎え撃つ準備ができたな!
ブルベアは土蹴りをやってパワーを溜めるから、土蹴りが終わったら次の突進が来るぞ!」
「ドンちゃん詳しいね。ブルベアと戦ったことがあるの?」
「ああ、何度かな! ヤツの突進は脅威だが、最大の反撃チャンスでもある!
突進にあわせてシールドバッシュをかましてやるんだ!」
『シールドバッシュ』というのは盾でダメージを与えるスキルのこと。
盾を装備した腕で薙ぎ払って敵の体勢を崩したり、熟練の使い手ともなると盾を投げつけて敵をひるませる。
そのスキルを体得してはいるものの、まだそれほど使い慣れていないスカイはぎょっとなった。
「えっ!? 突進にあわせてシールドバッシュなんて、そんなムチャな!? ツノでグサッってなっちゃうよ!?」
「シールドバッシュのスキルはドンピシャのタイミングでやると、威力が増すんだ!
そのタイミングにあわせて、俺がお前のシールドに全力で
そうすれば、突進を止められるはずだ!
しかしチャンスは1回しかない! 俺のかけ声にあわせて、ヤツにブチかましてやるんだっ!」
「そっ……そんなにうまくいくかなぁ?」
「いちかばちかだ! スカイ、お前は勇者になりたいんだろう!?
ならこんなピンチはこれから何度もやってくるはずだ!
俺はお前と会ったばかりだが、お前の勇者としての才能を信じる!
だから……お前も俺を信じろっ!」
「ど……ドンちゃん……! わ、わかった! ボクもドンちゃんを信じるっ!」
「よぉし、いっちょふたりでブチかましてやろうぜっ!」
「うんっ!!」
さっきまで自信なさげだったスカイであったが、もはや表情に迷いはない。
剣を鞘に戻すと両手で盾を構え、足を大きく開き腰を落として迎撃態勢を取った。
「ゴアァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
直後、咆哮とともに地を蹴るブルベア。
機関車の蒸気のような土煙を吹き上げ、地響きとともに迫ってくる。
そのあまりのプレッシャーに、スカイの額から汗が吹き出す。
ツウと頬を垂れ落ちる雫の横で、オッサンは囁く。
「まだっ……! まだだ……! もっと引きつけてから……!」
先陣のように突風がおこり、ふたりの身体を吹き抜けていく。
常人であれば我を忘れ、なにもかもほっぽって逃げ出したであろうほどの圧倒的プレッシャー。
しかし少女は逃げなかった。
かつてないほどの命懸けの状況であるというのに、不思議と心は落ち着いていた。
まわりで見ていた仲間たちの絶叫すらも、遠ざかって聞こえるほどに。
「なにをやっているんだ! 逃げろ、スカイっ!」
「スカイ、マジヤバいって! なんで逃げないのっ!?」
「どうして、どうしてなのですかっ!? スカイさん!?」
「終わった」
しかし次の瞬間、彼女たちは目の当たりにする。
「今だっ!」
オッサンのかけ声、そして、
「うおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
少女の蛮声とともに振り上げられる盾、そして、
……グワッ……シャァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
盾の表面に押しつぶされ、醜く歪むブルベアの顔、そして弾け飛ぶツノを。
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