第3話

 オッサンは少女たちの黄色い歓声と柔肌に包まれていた。


「かっ、かわいいっ! こんなにかわいい子、ボク初めて見たよ!」


「お、おいスカイ、こっちも抱かせろ! そんなものに興味などないが、後学のため! ふわぁ、なんて柔らかいのだ!」


「あーしにも貸してよ! あん、超気持ちいいんですけど!?」


「あ、あの、キャルルさん、わたしにも抱っこさせていただけませんでしょうか? うふふ、いいこいいこ」


「愛くるしい」


 5人の少女たちはオッサンの身体を奪いあいうように抱きしめ、頬ずりしまくる。

 オッサンは今までに受けたことのない扱いに言葉を失っていたが、一部の巨乳な少女によって窒息させられかけて、ぷはあっと叫んだ。


「なんなんだ、お前ら! こんなオッサンをかわいいだなんて……! あっ、さてはからかってるんだな!?」


 すると少女たちは、弾ける笑顔を返してくる。


「あはははっ! そういえば声はオジサンみたいに渋いね!

 でもこんなかわいいオジサンなら大歓迎だよ! たべちゃいたいくらい!」


「だったらみんなで食べちゃうし!」「好きにするがいい」「はい!」「賛成」


 とうとう少女たちは唇を尖らせた顔を寄せてきて、オッサンの顔にムチュムチュとキスの雨を降らせはじめる。

 オッサンは度肝を抜かれて思わず「うにゃんっ!?」と変な声を出してしまい、パニックになって暴れた。


「やっ、やめろっ! やめろぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!」


「あっ、じっとして、でないと落ちちゃうよ、あっ!?」


 少女たちの制止も無視してオッサンはジタバタともがきまくった。

 湖に落ちかけたものの寸前で抱きとめられる。


 しかし、オッサンは水面に映った己の姿を目の当たりにしてしまい、硬直していた。


「こ……これが、俺……?」


 水面には小さな子供と獣を足したような、なんともいえない愛らしい生き物が。

 身長は50センチくらいで、顔がやたらと大きく2等身。


 毛むくじゃらの身体にふさふさの尻尾、つぶらな瞳に大きな三角の耳。

 オッサン自身ですら思わず撫でたくなってしまい、頬に触れる。


 もふっとした柔らかさと、ビロードのような触り心地の毛。

 押してみると、もちもちっとした弾力が返ってくる。


 手のひらは猫の手みたいな肉球になっていて、ぷにぷにだった

 オッサンはじつと手を見たまま、爪を出したり入れたりしている。


 オッサンを抱っこしていた少女が、見かねた様子で声をかけた。


「おーい、どうしちゃったの? 急に大人しくなったと思ったら、そんなにボーッとして


「お……俺は……ロロポックルに……なっちまったのか……」


「あ、やっぱりロロポックルだったんだね! 絵本に出てくるのとソックリだよ!

 ねえキミ、名前はなんていうの?」


 オッサンは心ここにあらずといった様子で、「ど……ドノヴァン……」とだけつぶやく。


「ドノヴァン? かっこいい名前だけど似合ってないから、ドンちゃんって呼んでいい?」


「あ、それいい! ドノヴァンっていうよりドンって感じだし!」


「じゃあドンちゃんで決まりだね! みんな、ドンちゃんをボクらのパーティに入れようと思うんだけど、どお?」


「あっ、それ超いいかも!」「好きにするがいい」「はい!」「賛成」


「よぉーし、じゃあ今日からドンちゃんはボクらの仲間だね! よろしね、ドンちゃん!」


 勝手に話が進んでいたが、妖精化してしまったオッサンにとってはもうどうでもよかった。

 茫洋とした瞳で「もうどうにでもしてくれ……」と少女たちを見回すばかり。


 少女たちはオッサンを抱っこしたまま湖からあがると、ほとりに張ってあるテントの中で身体を拭いていた。

 オッサンはテントの中でぬいぐるみのようにポツンと座ってその光景を眺めていたのだが、次の瞬間、飛び上がらんばかりにビックリする。


 なんと少女たちは、オッサンの目の前で水着を外し始めたのだ……!


「うにゃああんっ!? お前らなにを考えてんだ! 俺がいるんだぞ!」


「え? ドンちゃんがいるからどうかしたの?」


「俺みたいなオッサンに見られて何とも思わないのかよ!?」


 少女たちは「べつに」と返されて、オッサンはついに気付いた。


「そうか……! お前たちは俺のことを、妖精かなにかだと思ってるんだろう……!」


「え? ドンちゃんは妖精でしょう?」


「見た目はそうだけど、そうじゃないんだ! 俺は中身はオッサンなんだよ!」


「ああ、オジサンの妖精なんだよね? それはさっき聞いたけど……」


「も……もういいっ! 俺は外にいるからな!」


 オッサンは四つ足で、ばびゅん! とテントの外に飛び出していった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 小一時間ほどして少女たちがテントから出てくる。

 岩の上で拗ねたように背を向けていたオッサンを、ひとりの少女がひょいと抱きかかえた。


「おまたせ、ドンちゃん! あ、そういえばボクらの紹介がまだだったよね、ボクはスカイ!」


 その少女はショートカットの髪型で、服装はティアラにマント、青いシャツにショートパンツといういでたちだった。

 オッサンは虚を突かれたような表情になる。


「お……お前、もしかして勇者か?」


「うん、まだ学生だけどね! 女の子の勇者って珍しいよね! うちの学校でもボクひとりなんだ!

 珍しいといえば、みんなも珍しいんだよ、はい!」


 スカイと名乗った女勇者は、隣にいた背の高い少女にオッサンを手渡す。

 その少女は前髪が切りそろえられたストレートの黒髪で、服装は鉄の胸当てに赤いドレスといういでたち。


「お前は騎士だな?」


「その通り、学校では唯一の女騎士、ガーベラだ。貴様のような毛玉に興味はないから、あまりジャレつくんじゃないぞ」


 そう言いながらもガーベラはオッサンを手放そうとはしなかった。


 隣の少女が引っ張ってようやく手渡す。

 その少女は金髪の巻き毛に派手な服装、黄色いローブを膝上まで切り詰めて美脚を露わにしている。


 主張しすぎる胸の向こうには、しっかりとメイクで決まったいたずらっぽい笑顔が。


「へへーっ、ウチはキャルル、シクヨロっ!」


「賢者か、女賢者も学校じゃひとりなんだろう」


「そのとーり、ほいっ!」


 オッサンは2回連続で大いなる膨らみに抱かれていた。

 その少女は純白のローブにセミロングの髪型、まるで我が子のように慈愛あふれる瞳でオッサンを見つめている。


「ご挨拶が遅れてもうしわけありません、わたしはセフォンと申します。お近づきの印に、あとでふきふきさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「ふきふき? まあ何でもいいや、お前は聖女だな? 学生で聖女というのは珍しいな。

 普通、家柄があっても僧侶止まりだぞ」


「はい。私には適正があったので、聖女になることができました。まだまだ至らぬところはありますが……」


 言葉の途中で隣の少女から促され、セフォンは名残惜しそうにオッサンを手放す。

 最後の少女は、ポニーテールに忍者装束だったので、冒険者を見慣れているオッサンでなくても素性がわかった。


「忍者か、くノ一というのは珍しいな。名前はなんていうんだ?」


「バンビ」


 バンビはボソリと答える。

 表情は愛想のかけらもなく、無表情。


 しかしオッサンのことは嫌いではないのか、しっかりと抱きすくめている。


 オッサンはあらためて少女たちを見回し、息を呑んだ。



 ――勇者、騎士、賢者、聖女、忍者……。

 どれも家柄、もしくは適正と才覚がメチャクチャあるヤツじゃないとなれない、上位職じゃないか……!


 しかも聖女以外は、女には厳しいと言われている職業……!

 勇者に至っては、女で勇者になったやつはひとりもいないと言われているのに……!



 ふと、スカイと目が合う。

 まるでオッサンが考えていたことが伝わったかのように、彼女は笑った。


「へへっ、ボクの夢はね、世界で初めての女勇者になることなんだ!」

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