第57話 過去と、今。

 今さらになって、リュージは自分の心のうちにある思いに気が付いていた。

 アストレアへの思いに気が付いてしまっていた。


 もっとアストレアと話しておくべきだった。

 もっとアストレアに思いを伝えておくべきだった。

 

 もっと、もっと、もっと――いいや、違う!


「まだ俺は、なにも為しちゃいない……姉さんとパウロ兄の復讐も、アストレアのこともなにもかも、俺はなんにも為しちゃいないんだ! なのにこんなところで、中途半端なままに終わっていいはずがないだろうが――!」


 強い決意とともにリュージが吠えた。

 するとその身体に猛烈な力が湧き上がってくる――!


「おおっ?」


「そうだ、なにを弱気になっている! 復讐過去も、アストレアへの想いも! こんなところで終わっていいはずがないだろうが!」


 すとんと腹の底になにかが落ちるような感覚があった。

 それが覚悟だと気づくのにも、時間はかからなかった。


 生きて、そして為すべきを為す。


 ついに覚悟を決めたリュージのその強い意志が、生への渇望が。

 生命エネルギーたる『気』となって急激に膨れ上がっていく――!


「へぇ、それでお前はどうするってんだ?」


「俺は――俺はもう! 大切な誰かと離ればなれになるのは絶対にごめんなんだ! 降りかかる全ての理不尽をねじ伏せ! 立ち塞がる全てを叩きのめす! 俺はあの時そう誓ったんだよ! だから俺の邪魔をするというのなら――!」


 そう言うと、リュージはサイガを鋭くにらみつけた。


「やっといい顔するようになったじゃないか」

 その甘さを捨て去った剣士の顔を見て、サイガが嬉しそうにニヤッと笑う。


「俺はこんなところで終わらない! 死んでたまるかよ! 俺は必ず復讐をとげ、そしてもういちどアストレアあいつに会って、俺の心を伝えるんだ――!」


 リュージが流れるような動作で刀を鞘に納めた。

 そして右手から力を抜き、つかに触れるか触れないかでそっと添えて抜刀術の構えを取ると、身体中の『気』を剣気として鞘の中で圧縮していく――!


 『紫電一閃しでんいっせん』には『紫電一閃しでんいっせん』。

 同じ技で迎撃すれば、あとはどちらの『気』と覚悟が上かを比べるだけ。


 そんなリュージの考えは、相対するサイガにもこれ以上なく伝わって――。


「そうだ、それでいい。剣士ってのは遅かれ早かれ結局そこに行きつくもんなのさ。さぁ伸るか反るか、恨みっこなしの最後の勝負といこうぜリュージ」


 リュージの気迫を受けとめたサイガの『気』が、リュージに呼応するように天井知らずで激しく燃え誇っていく。

 自分の『気』をはるかに凌駕するサイガの『気』をまざまざと見せつけられながら、


「俺は負けない。師匠を斬ってでも成し遂げたい復讐過去と、なにがなんでも守りたいアストレアがあるから! だから俺は今! ここで! サイガ=オオトリ、あんたを越えてみせる!」


 リュージもまた、それがどうしたとばかりに吠えて叫んでみせた。


 『気』の総量はサイガの方が圧倒的に上だ。

 だから普通に打ち合えばリュージは負けてしまう。


 しかし覚悟を決めたリュージにとって、そんなことはまったくもってどうでもいいことだった。


 目の前に立ちふさがる全てを――斬る!

 今のリュージにはただただ、その一念しかなかったのだから。


「やれやれ、ここにきて本当にいい顔するようになったじゃねえか。剣士の――いや男の顔になったなリュージ」

 そんなリュージを見て、サイガがどこか満足そうにつぶやいた。


「行くぞ師匠――神明流・相伝奥義『紫電一閃しでんいっせん』!」

「じゃあ行くぜリュージ――神明流・相伝奥義『紫電一閃しでんいっせん』」


 神明流が一子相伝で伝えてきた最終奥義『紫電一閃しでんいっせん』。


 それは神明流・皆伝奥義・八ノ型『シンゲツ』をも超える神速の抜刀術でありながら、神明流・皆伝奥義・七ノ型『天のイカズチ』をも超える絶大な威力を誇り。

 そして遥かの昔に、世にあだなす魔人をも殺してのけた、究極至高の神なる一振り――!


 神明流のほこる最終奥義が、相対するリュージとサイガから同時に放たれた――はずだった。


「なんで――」


 そんな呆気にとられた声をあげたのは、神速の踏み込みから鮮烈なる一閃を抜き放ったリュージのほうだった。


 それもそのはず。

 サイガはなぜか抜刀せずに、刀に鞘を納めたままでリュージの渾身の一撃をただただその身に受けていたのだから――。


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