第56話「問おうリュージ。お前の覚悟はそんな程度のものなのか?」

「俺は……」


「剣を極めるとは、全てを斬るという決してブレない覚悟を持つことに他ならない」


「だけど俺は復讐するという強い覚悟を持って――」


「だが現にお前はオレを斬れないでいる。師匠だからといって殺すのをためらっている。なぜか? 復讐のために全てを斬り伏せる覚悟が、お前の中でこれっぽっちも定まっていないからだ」


「だって……だって師匠は、師匠じゃないか! 俺に戦う力を、いやそれだけじゃない、いろんなものを与えてくれた師匠を斬れるもんかよ!」


「まだわからないか。本当にどうしようもない甘ちゃんだなお前は」


「師匠……」


「思い返せば出会った時からそうだった。だがな、それじゃあ早晩行き詰まる。例え誰が相手であろうと、何が立ち塞がろうとも、全てものともしない確固たる覚悟! 大切なたった1つの願いを叶えるために、他の全てを斬って捨てる覚悟が! そんな剣士の覚悟がお前にはないからだ!」


「でも……っ!」


「お前は一流の剣士だよ。よくぞたったの7年で神明流を極めてみせた、その根性は見上げたもんだ。だが超一流には程遠い。お前のママゴトのようなぬるい考えでは、守るものも守れない。それこそ7年前のようにな」


「――っ!」


「もう一度問おうリュージ。お前の覚悟はそんな程度のものなのか?」


「俺は、俺は……だって……」


「これだけ言ってもまだ覚悟を決められんとは、底なしの間抜けだなお前は。とても見てられん、がっかりだ」


 そう言うと、サイガは刀を鞘に納めた。

 同時に、猛烈な『気』が剣気となって鞘の中で激烈に圧縮されていく。


「その構え、まさか――」


「どこまでも甘いお前に、剣だけを頼りに生きる剣士の道は無理だ。もはや生きている価値すらない、今ここでオレが引導を渡してやろう。せめてもの手向たむけとして、神明流の相伝奥義でな」


「やはり神明流・相伝奥義・『紫電一閃しでんいっせん』――!!」


 リュージはサイガから発せられる圧倒的な剣気に、完全に飲まれてしまっていた。


「どうした? ヘビに睨まれたカエルのように動けなくなったのか? さっきお前のこのことを一流と言ったが、訂正だ。どうやらお前は一流にすらなりきれない、どこまでも見掛け倒しの二流の小者だったようだ」


「こ、これが師匠の本気……なんて『気』の高まりなんだ……」


 それはまさに絶対強者の在りよう。

 今までサイガの本気だとリュージが思っていたものは、本気でもなんでもなかったのだ。


 自分とは格が違う、違いすぎる。

 これが覚悟を決めて超一流となった神明流の剣士なのか。

 こんなもの、勝てるわけがない。


 リュージは己の死の予感をひしひしと感じ取っていた。


「事ここに至ってなお、ぬるま湯から抜け出せないか。ならばそのままぬるい幻想にまみれて、なにもなせずに死にゆくがいい」


 殺気、闘気、剣気、鋭気、覇気――もろもろサイガの本気がビリビリとリュージに伝わってくる。

 次で決着をつけようとしているのだ。


 神明流の最終奥義が放つ力の余波の前に、


「俺は、死ぬのか――」


 リュージはついに己の死を確信した。


 そんな死を前にしたリュージの心には、あと一歩のところで復讐を成し遂げられなかった悔恨が満ち満ちていた。


 もうすぐ手が届くところに、姉とパウロの命を奪った怨敵がいるというのに、どうしても届かないあと少しのその距離。

 それがどうしようもなく悔しかった。


 しかしそんな悔しさとともに、リュージの脳裏にはアストレアの顔が浮かんでいたのだった。


 出会ってから2か月。


 ぜんぜんちっともたいした期間ではないが、時にリュージが行う復讐という名の殺人に心を痛め、時に優しくリュージを慰めてくれ、顔を合わせるたびに軽口をたたき合ったアストレアとの思い出が、今際いまわの際になってリュージの心にあふれ出していたのだ。


「そうか――俺はアストレアを好きだったのか――」


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