第53話 サイガ=オオトリ
「なんでと言われると、カイルロッド皇子に金で雇われたからだな。用心棒ってやつさ」
刀の背を肩に乗せたサイガ=オオトリが、ははははっと陽気に笑いながら言った。
「用心棒? 師匠がカイルロッド皇子の? なに言ってんだよ……?」
「いやな、酒を買う金が足りなくなってな。そしたらちょうど割のいい仕事があったからやってみたんだが、まさかお前と会うとはなぁ」
あっけらかんと言ってのけるサイガを前にして、リュージはいまだ混乱から立ち直れないでいた。
動揺に視線をさまよわせるリュージがふと、サイガの奥にある馬車の中に視線を向けると、やりとりを覗いていたカイルロッド皇子と視線が交錯する。
カイルロッド皇子は、豪奢に着飾った以外はなんとも冴えない風体の男だった。
リュージが凍り付くような殺意を込めてにらみつけると、カイルロッド皇子は怯えたようにすぐに馬車の中へと引っ込んだ。
とても大国の皇子とは思えないその臆病極まりない態度に、リュージの中に激しい怒りが沸いてくる。
そして怒りはリュージにとって最大の原動力であり、おかげでリュージはいくぶん冷静さを取り戻すことができていた。
「どいてくれ師匠、俺はカイルロッド皇子を殺さないといけないんだ」
「そりゃ、こいつはお前の復讐相手だもんな」
「それを分かっていたならなんで! なんで師匠はこいつの用心棒になんてなったんだよ!」
サイガのあまりな物言いに、リュージは感情をむき出しにして声を荒げた。
というのも、過去のいきさつについてリュージは修行をしていた頃にサイガに打ち明けたことがあったからだ。
だからサイガがカイルロッド皇子の用心棒になると言うのは、これはリュージに対する究極の背信行為に他ならなかった。
しかし、
「だから酒を買う金がなくなったからだって言っただろ?」
サイガはポリポリとほほを掻きながら、リュージの怒りなんて意にも介さずにおチャラけたように言ってくるのだ。
「そんな金なら俺がいくらでも用立てられる、だから今すぐそこをどいてくれ。頼む師匠」
アストレアに頼めば酒代くらいは出してもらえるはずだ。
なんならサブリナでもいい。
2人とも、リュージが誠意を込めて頭を下げれば
自力では払えないがいくらでもアテはある。
「いやいや、受けた仕事は全うするぞ。こう見えてオレは義理堅い性格なんだ」
「義理堅いってんなら、そもそも俺のターゲットを護衛なんてしないだろ……」
「そう言われると辛いものがあるなぁ」
「なら――!」
「まあなんだ、オレたちは剣士じゃないか? だったらぐだぐだと押し問答をするよりも、こいつで白黒決着をつけようぜ?」
そう言うと、サイガは肩にのっけていた刀を下ろしてだらりと自然体に構えた。
その姿は自然体といえども全く隙がない。
それは常に刃物のような殺意を込めて戦うリュージとは正反対の、無駄を全てこそぎ落とした、夕凪のように穏やかなサイガの戦闘スタイルだった。
「言ってわからないなら、やるしかないか。悪いが師匠、ここは押し通らせてもらう――!」
リュージも刀を構える。
『気』をコントロールし、身体中に戦うための力をみなぎらせる。
「いいぞ、いつでもかかってこい」
サイガがそう言った瞬間――いや言い終わる前に、
「神明流・皆伝奥義・一ノ型『ダルマ落とし』!」
リュージは鮮烈な踏み込みから、不意打ち気味に鋭い一撃を放った。
分厚い岩をも易々と斬り砕く横薙ぎの一閃が、サイガを急襲する!
ギィンッ!
「おいおい、不意打ちとはまた、老人を敬う敬老の精神ってもんが足りてないんじゃないのか?」
しかしサイガは軽口をたたきながら、それをいとも簡単に受け止めて見せたのだ――!
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