第52話 奇襲

 アストレアから情報を入手した2週間後。


 事前に北部街道の入念な下見を終えて襲撃場所を定めたリュージは、襲撃ポイントの街道沿いにある大きな木に登って身を隠していた。

 ここで神聖ロマイナ帝国第十三皇子カイルロッドの馬車が通りかかるのを待ち伏せるのだ。


 既に先んじて、丘の上から馬車と護衛の騎兵20名がこちらに向かっているのは確認済みである。

 あとはここを通りがかるのを待つだけだった。


「姉さん、パウロ兄、見ててね。最後の片を付けてくるから」


 リュージは馬車が到着するまでのしばしの間、両手首に巻かれた赤と青のミサンガを静かにじっと見つめていた。


 しかしそれもひと時のことであり。

 馬車が視界に入りだした頃には、既にリュージの目は視界に入る全てを殺し尽くす、殺意溢れる冷徹な復讐者の目に戻っていた。


 そして一団が、ちょうどリュージのひそむ木の下を通りかかった、その瞬間――!


 リュージは猫のように軽々と木から飛び降りると、着地と同時に即座に抜刀し、豪華な2頭立ての馬車とその引き馬をつないでいる長柄を軽々と断ち切った。

 さらに馬の尻を強く蹴飛ばす。


 ヒヒーン!!


 驚いた馬はいななきをあげて立ちあがると、一目散に走り逃げ去っていった。


「な、なにをする! ぎゃぁっ!?」

「何者だ貴様! かは――っ!」


 電光石火の刹那の不意打ちに、近くにいた護衛の騎士2名が声をあげて――しかし彼らは剣を抜く間もなくリュージに瞬時に斬り伏せられた。


「き、奇襲だ!」

「敵襲っ! 敵襲っ!」

「だめだ、引き馬が逃げて馬車が動けない! まずは殿下の命をお守りしろ!」

「A隊は俺とともに馬車を中心に密集陣形を組め! B隊は迎撃にあたれ!」

「B隊了解、敵は1人だ、囲んで殺せ!」


 しかしそこは軍事大国である神聖ロマイナ帝国の皇子の護衛を任された、凄腕の精鋭部隊だった。

 普通なら天地をひっくり返した大混乱に陥るだろうに、隊長の指示によって即座に態勢を立て直すと、冷静に反撃を開始したのだ。


 だがしかし。

 待ちに待った獲物を目前にして心身ともに力をみなぎらせるリュージは、人が言うところの強い弱いの次元を完全に超越していた。


「神明流・皆伝奥義・三ノ型『ツバメ返し』! おおおおっっ――!!」


 まずは向かってきたB隊の護衛騎士たちを、リュージは飛ぶ燕すら斬り殺す鋭い連続技でもって、容赦なく返り討ちにして全滅させると。

 さらには馬車をなんとか守ろうと奮戦するA隊の護衛騎士たちも、なんなく斬り殺してのけたのだった。


 その強さは、まさに鬼神のごとし。


 20名いた精鋭護衛騎士たちが全員物言わぬ屍となるのにかかった時間は、ものの5分に満たなかった。


「さてと。静かになったところで、皇子さまのご尊顔を拝ませてもらうとするか」


 既に馬は逃げ、息絶えて倒れ伏す護衛騎士たちの中にポツンと取り残された、ぜいの限りを尽くした絢爛豪華な馬車の扉を蹴り開けようとして――、


「っ!? この――っ!」


 リュージは異変を察知して瞬時に後ろに飛びのいた。

 その直後だった。


 馬車のドアが内側から吹き飛ぶと、中から刀を持った男が矢のように鋭く飛び出し、リュージに向かって強烈な突きを放ってきたのは――!


「神明流・皆伝奥義・一ノ型『ダルマ落とし』!」


 リュージは着地して即、体勢を立て直すと、分厚い岩をも易々と斬り砕く横薙ぎの一閃で攻撃を打ち返そうとして――、


「ぐぅっ――!?」


 しかし打ち返せずに、それどころか逆に突きの威力に弾き飛ばされたリュージは、地面を派手に転がされてしまっていた。


 もちろん7年にも渡る血のにじむような修行に耐え、荒事にも慣れたリュージにはこんなことくらいで大きなダメージはない。

 『気』をしっかりとコントロールして身体強化し、綺麗に受け身もとったリュージは即座に立ちあがると、眼光鋭く敵を見据えながら刀を構えなおした。


「な――っ」


 しかしその男を見た瞬間、リュージは言葉を失ってしまった。


 リュージの視線の先にいたのは大柄な男だった。


 もう60歳になろうというのに、若々しさすら感じさせる筋骨隆々の肉体。

 研ぎ澄まされた刃のような鋭いオーラをまとうその男は、緊迫した状況にもかかわらず、刀の背を肩に乗せると、反対の手をあげて笑いながら言った。


「よぉリュージ、久しぶりだな。相変わらず元気そうじゃないか」


「なんで……なんであんたがここに……」


 リュージの口から漏れ出でたのは、ただただ驚きの言葉。

 ポカンと口を開けて信じられないといった顔をしていた。


 アストレアが見れば、

「ふへぇ、リュージ様もそんな鳩が豆鉄砲食らったみたいなお顔をされるんですね。意外です」

 などと茶化すことは間違いなし。


 それは人前ではまず見せない、珍しすぎるリュージの表情だった。


 だがそれもそのはず。


「お前を送り出してから4カ月くらいか? ずいぶんと派手にやってるみたいだな」


 その場違いな明るさと、なにより家族のように馴れ馴れしくリュージに話しかける大男は、


「なんで師匠がここに……」


 リュージの剣の師匠であり、人生の師でもあるサイガ=オオトリだったからだ――。

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