第42話 用心棒フロスト
「何がそんなにおかしい? 恐怖で頭が狂ったのか?」
「ハハッ、バカな奴めが! 知らぬようだから教えてくれるわ! ワシには影武者が何人もおるのだよ! であれば、ワシが本物であるという確証をどうやって手に入れる?」
リュージを見下すような顔で、勝ち誇ったように言うセルバンテス大公。
「ああそういうことか。ってことはまだ報告を受けてないのか。本来何にもまして最優先で上げないといけない情報だろうに、お前に似て部下もマヌケぞろいなんだな」
それをリュージは鼻で笑って返した。
「なにぃ?」
「安心しろ、お前の影武者11人は全員きっかり殺してあるから、お前がいちいち気に病む必要はないさ」
「……は?」
リュージの言葉に、セルバンテス大公の目がキョトンとなる。
「仮にお前が影武者の1人だったとしても、そのことに何の意味もないんだよ。12人の『セルバンテス大公』を全員殺せば結果オーライなんだからな」
「なん……だと……?」
「おいおい、察しの悪いヤツだな。影武者は11人とも殺したと言っているんだ。雁首揃えてのこのこ戦場に出て来てくれて助かったよ。イチイチ一人ずつ探し出して殺して回る手間が省けたってなもんだ」
「な……に……」
「つまりお前は12人目なんだよ。だから影武者だろうが本物だろうがもう関係ない。お前を殺せば『セルバンテス大公』は全員死んだことになるからな」
「そんな……まさか……」
「本物がいるという真実味を持たせるために、戦場に影武者を全員集めたんだろうが、完全に裏目に出たな」
「く……ふ……」
「そういうわけだ。無事に疑問も解けたところで、お前には死んでもらおうか――ちぃっ!?」
リュージはそこまで言って言葉の途中で舌打ちをすると、即座に身をひるがえして飛び退いた!
というのも――、
「せやあっ!!」
その直後、突如として大公の間に入ってきた何者かが、人間とは思えない速さで一気に間合いを詰めると、リュージに向かって勢いそのままに剣を振り下ろしてきたからだ!
ギィンッ!
刀と剣のぶつかる甲高い金属音がして。
ギリギリのところでリュージはその強烈な打ちこみを受け流して逸らし、即座にバックステップをして侵入者から距離をとった。
「ほぅ、今のを受けて流しますか。一人で乗りこんでくるだけあって、なかなかどうしてやりますね」
強烈な一撃を放った端正な顔立ちの優男が、柔和な笑みを浮かべながら言った。
「誰だてめぇ。いきなり出てきて邪魔してんじゃねぇぞ。いや、そんなことよりまさか今のは『気』か?」
同じく『気』を使う剣士として、リュージは乱入してきた剣士の使う『気』の発露を感じ取っていた。
「ほぅ、この力は『気』というのですね。自然と使えるようになったので名前は知りませんでしたが、今のを防いで見せたことといい、どうやらあなたも私と同じ力を使えるようですね。ここに来るまでに死体の山ができあがっていたのにも納得です」
「御託はいい。それで? お前は俺の邪魔をしようってのか?」
あと一歩のところで復讐の邪魔をされたリュージの怒りが、マグマのように煮えたぎっていく。
「それはもちろん。私――フロスト=イングウェイは、セルバンテス大公閣下の雇われ用心棒ですので」
「用心棒だと?」
「ハハハ、バカめが! ワシはお前と会話をすることでフロストが駆けつける時間稼ぎをしておったのだ! それにまんまと乗せられおって! さぁフロスト! こいつを殺せ! こんな時のために高い金を払って雇っておるのだからな!」
用心棒の到着で気が大きくなったのか、セルバンテス大公はリュージを指さしながら、麻薬でもやってるかのようなハイテンションで声高に命令をする。
「そういうわけで狼藉者くん、だいぶん派手にやったみたいだけど、ここまでだ。君には死んでもらう」
「どけ、死にたくなければな」
「おやおや、なかなか血気盛んじゃありませんか」
「事実を言ったまでだ」
「事実ときましたか、なかなか言いますねぇ。どこまでも向こう見ずで自分を過信してやまない、いやはや若いとはいいものです」
「フロスト! 無駄話はいい! とっととその阿呆を始末しろ! 絶対に生きて帰すでないぞ!」
「かしこまりました」
そのやりとりを見て、
「はっ、ははははは――」
今度はリュージが大きな笑い声をあげたのだった。
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