第41話 セルバンテス城

 当初5000人を超えていたセルバンテス大公軍は、初戦の大敗と敗走中の離散によって今や2000人を切るまでに数を減らしていた。


 この結果を受けて、様子見の中立を決め込んでいた地方貴族たちはこぞってアストレア女王に恭順の意を示した。

 そして少しでも新女王に忠誠心をアピールしようと、逃げるセルバンテス大公軍を行く先々で激しく攻め立てたのだ。


 しかもそれだけでない。

 当初はセルバンテス大公派だった貴族たちまで次々と寝返えっては、満身創痍で敗走する軍団に弓を引いてくる有様だった。


 四面楚歌となった主亡きセルバンテス大公軍は4日をかけて、ほうほうの体で東部のセルバンテス大公の本拠地へとたどりついた。


「まさに烏合の衆だな……」


 そんな惨めに潰走するセルバンテス大公軍に、リュージは素知らぬ顔で紛れ込んでいた。

 逃げることだけを最優先にし、ろくに部隊編成もなされていないセルバンテス大公軍に紛れ込むのは、リュージにとっては赤子の手をひねるよりも簡単だった。


 そして到着後。

 リュージは目を付けていた自分と背格好のよく似た部隊長を一人殺して何食わぬ顔で入れ替わると、混乱を極めるセルバンテス城の内部に正面から堂々と入って行った。


 城の中を歩くリュージを見とがめる者はいない。


 来たるべき籠城戦に備えて慌ただしく動き回る勤勉な兵士たちや、隙を見ては金目の物を持って逃げ出そうとする大公を見限った兵士たちで、それどころではなかったからだ。


 貴族たちは貴族たちで徹底抗戦するか、それとも降伏するかで激しく議論をかわしている。


 そんな喧騒にあふれるセルバンテス城を、リュージは政治の中心である『大公の間』を目指して歩いていく。

 城の間取りはアストレアから詳細な見取り図を貰って頭に叩き込んであったので、迷うことはなかった。


 もちろん最後はさすがに見とがめられたので、数人の近衛騎士(先王の弟であるセルバンテス大公には近衛騎士がついている)を斬り殺してから、リュージは太閤の間に踏み入った。


 そしてそこには腹心の上級貴族たちとともに、『セルバンテス大公』がいた。

 一国の王よりも絢爛豪華で大きな王冠をかぶった中年の男だ。



「やっぱり戦場にいたのは全部影武者だったか。先王の仇を討つだのなんだのご大層な大義を掲げながら、当の本人は一番後ろでコソコソ隠れているだけとか救いようのない卑怯者だな、てめぇは」


 その場にいる全員の視線を集めながら、リュージが大きな声で嘲るように声を響かせる。


「何者だ貴様!」

「狼藉者め!」


 そんなリュージに向かって剣を抜いて近づいてきた8名の近衛騎士を、


「失せろ――神明流・皆伝奥義・三ノ型『ツバメ返し』」


 リュージは空を飛ぶツバメも斬って落とすほどの、息をもつかせぬ連続の斬り返しで一瞬にして斬り伏せた。


 さらには逃げもせずに呆気にとられて見ているだけの、無能極まりない上級貴族たちも容赦なく斬り殺してから、


「よう、セルバンテス大公閣下。臆病で姑息なお前のことだから、どうせ戦場には影武者だけ行かせて、本人は出てきてないんだろうと思ってたぜ」


 リュージは改めて、部屋の一番奥の豪華な椅子に座った男に向かって言った。

 王宮にあるアストレアの座る玉座よりも絢爛豪華な、黄金と宝石でできた椅子だ。


「な、な、何者だ……? あの娘の、アストレアの差し金か? そうであるならばすぐに降伏しよう! 歯向かうつもりはもはやない! だから命だけは助けてくれ!」


 広々とした『大公の間』にたった一人となってしまったセルバンテス大公が、ガタガタと震えながら助けを乞い願った。


「アストレア? なに言ってんだ。俺はリュージ、7年前の夏、お前とライザハット――お前の兄に凌辱された町娘ユリーシャの弟だよ」


「なっ!? あの時の娘の……?」


「感謝しろよ? 姉さんとパウロ兄の復讐のために、わざわざこんなところまで会いに来てやったんだぜ?」


 悪魔かと思うほどに凄惨に笑うリュージに、


「ひぃっ!? ひっ、ひいっ!!」


 セルバンテス大公は臆病者の名に恥じぬ、豚の鳴き声のような哀れな悲鳴を上げた。


「ライザハットが殺されたのは知っているよな? あいつをったのは俺だよ、そして今からお前も殺す」


「ま、待て、話せばわかる」


「お前みたいなクズと話すことなんざねえんだよ。お前の顔を見ているだけで、お前の口が言葉を紡ぐだけで、早く殺せ、さあ殺せと俺の憎悪はどんどんと増していくんだからな――!」


 だらりと刀を下げたリュージが、一歩、また一歩とセルバンテス大公へと近づいていく。

 しかし、


「ふっ、ふふっ、はははははははっ」


 突然セルバンテス大公が気が触れたように笑いだしたのだ。


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