第40話 静かなる殺意
アストレアが迎え撃つと決めてから1週間後。
「忌々しい小娘め、小癪な真似を……!」
砦の向かいの丘陵に布陣したシェアステラ王国軍3000人を前に、5000人を超える大軍を率いるセルバンテス大公は、吐き捨てるように言った。
シェアステラ王国軍に、これ以上なく嫌らしい位置取りで布陣されていたからだ。
もし砦を攻めれば、背後からシェアステラ王国軍が襲ってくる。
逆にシェアステラ王国軍を攻めれば、背後から砦にいる部隊に襲われる。
どちらも攻めても挟み撃ちされてしまう上に、部隊を2つに分ければ数的優位が失われる。
そのためここまで快進撃を続けていたセルバンテス大公軍は、王都まであと少しというところで完全に足止めをされてしまっていた。
ちなみにこれは歴戦の猛勇であるセバスチャンの立案した布陣である。
地形と砦を巧みに利用した挟撃の陣を構築したのだ。
完全な膠着状態ではあるものの、長引けば長引くほど遠征しているセルバンテス大公軍は補給も細く不利になっていく。
「真っ向勝負をせず、姑息な長期戦を挑んでくるとは……!」
陣をしいたままで今日も丸1日無駄にさせられたセルバンテス大公は、傍らに控えていた将軍――実務トップに忌々しそうに言い放つと、
「もうよい、今日は寝る! しばらくは様子見じゃ!」
ドスドスと機嫌の悪そうな足音を立てながら、大公専用の大きな天幕に入っていった。
その姿が完全に見えなくなってから、将軍は肩を落としてぼやいた。
「だから散々、ここを迂回して別ルートから進軍するように進言したではないか。それを相手が女王になったばかりの小娘だからと過小評価するから、こんなことになるのだ。なぜこの場所に砦が作られているのか、そんなことにすら頭が回らんとは」
しかし今さら将軍が何を言っても、最終的な決断を下すのはセルバンテス大公であり。
自己中心的で自己評価が異様に高いセルバンテス大公はいくら将軍たちが言っても、ろくに聞く耳を持ちはしないのだった。
将軍はやるせない気持ちで自分の天幕へと戻った。
なんにせよ、膠着状態のまま何事もなく今日という日も終わる――はずだった。
夜もふけた頃、草木も眠る丑三つ時。
先ほど交代したばかりの見張りが、声もあげることなく絶命した。
気配を殺して忍び寄ったリュージが、その喉をかき切ったからだ。
すでに周囲の見張りは全員、同じように息絶えていた。
神明流・皆伝奥義・六ノ型『
神明流の他の技とは逆に、生命エネルギーである『気』を極限まで低下させることで、新月の夜に風が凪いでいるかのごとく、気配を消すことのできる隠形術法である。
『気』を極限まで低下させるため他の技は全て使えなくなるし、気配を消すだけで物理的に見えなくなるわけではないので、明るい時間には間違っても使用はできない。
しかし、かがり火が
そしてリュージは難なく巨大な天幕の中に忍び込むと、『セルバンテス大公』をこちらも音もなく殺してのけた。
しかしこれで終わりではない。
同じような巨大な天幕が、他に10個あることをリュージは確認している。
その全てでリュージは同じことを繰り返した。
ついでにあらかじめ目を付けていた、軍の指揮官と思しき上級将校数名も殺してある。
その中には、先ほどセルバンテス大公への愚痴をこぼしていた実務トップの将軍も含まれていた。
これは詳細な作戦を教えてくれ、その他にも様々な便宜を図ってくれたアストレアへのリュージなりのちょっとしたお礼だった。
夜が明けた頃、セルバンテス大公軍は天地がひっくり返ったような大騒ぎとなっていた。
自分たちをここまで率いてきたセルバンテス大公が影武者ごと全員暗殺され、さらには軍の上級将校kまで殺されていたのだから、それもまた当然だった。
そこにシェアステラ王国軍が一気に襲い掛かった。
指揮系統が失われ動揺の極みにあったセルバンテス大公軍は、抵抗らしい抵抗もみせることなく壊滅し、勝敗はあっけないほど簡単に決着した。
もちろんシェアステラ王国軍の完全勝利だった。
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