第36話 木を隠すなら森の中
「アストレア、いるか」
リュージがノックもそこそこに踏み入ると、アストレアはちょうど髪を綺麗に結いなおし終わったところだった。
「申し訳ありませんリュージ様、そろそろ休憩時間が終わりでして、すぐに次の会議が始まるんです。話があるなら後にしてもらっていいでしょうか?」
「お前は女王だ、少し遅れたところで誰も文句は言わない」
「ダメですよ。トップが適当なことをすると、下の者はそれを良しとして真似しちゃいますから」
トップは部下の見本になるべしという考えの、真面目なアストレアである。
「なら単刀直入に聞こうか、クロノユウシャの名前を王都中に広めているのはお前だな?」
「…………はて、なんのことでしょう? あ、あなたはもう下がってくれていいですよ、ありがとうございました。またお願いしますね」
やや長めの沈黙した後、ニッコリ笑って言ったアストレアの言葉を受けて、メイドがしずしずと退出していく。
メイドが出ていくのを確認してからリュージが言った。
「しらばっくれるな。これを見ろ、皮鎧の形や刀まで全部そっくりだ。なによりクロノユウシャという言葉を知ってるのはアストレア、お前しかいない。犯人はお前意外にありえない」
「ずばり、正解です!」
アストレアがウインクしながら右手の親指をグッ!と立てた。
御前会議用の格式高いドレスを身にまとい、結い上げた髪には王家に代々伝わるティアラをつけた高貴な女王様スタイルとのギャップが、かなり可愛らしい。
世の男どもが見れば胸キュン確定案件だったのだが、残念ながらリュージは全くそこに興味は示さなかった。
「なにが正解です、だ。俺は余計なことはするなと言ったはずだ」
目を細めてアストレアを睨みつける。
「はい、だから余計ではないことをしたんですけど?」
「なんだと?」
「この際だから言いますけど、リュージ様のその黒ずくめの姿って目立ちすぎなんですよ」
「夜は目立たない」
「あなた昼も平気で活動してるじゃないですか!? 目立ちまくってますからね!? 子供騙しみたいな言い訳はやめてくださいね!?」
本気なのか冗談なのかわからないリュージの言葉に、アストレアは反射的にツッコんでしまった。
慢性的な睡眠不足が今も続いているせいで気が高ぶりやすいからではあるのだが、それでもこんな風にアストレアが大きな声を出してしまうのは、基本的にはリュージの前だけである。
アストレアは一般的には理知的かつ理性的な女王として通っているのだ。
ここまで気を許すのはリュージやセバスチャンなどごくごくわずかな相手だけだった。
念のため。
「こほん、そこでわたしは考えました。木を隠すなら森の中に隠せばいいと。クロノユウシャは現在この王都で悪を討つ悪、つまり義賊としてもてはやされています」
「どうもそうらしいな」
「そしてクロノユウシャを真似する若い男の人も少なくありません。リュージ様の存在を隠すなら、そっくりさんの中ですよ。これなら外を歩いていても目立つことはないはずです」
アストレアが自信満々のドヤ顔で説明すると、リュージは沈黙した。
アストレアの意図に納得がいったからだ。
ただちょっとだけ、勝手にやられたことと、クロノユウシャという若気の至りのネーミングを広められたことが気に入らないだけだった。
「さすがのリュージ様もこれにはぐうの音も出ませんね? ふふふ。ではそういうことで、わたしは会議に行ってまいりますので」
リュージから見事に一本取って、気分よく鼻歌を歌いながら部屋を出ていくアストレアの後ろ姿を、リュージはじっと見つめていた。
「女王としての仕事で手一杯だろうに、俺が動きやすくなるように裏で手も回しているとは……本当に頭の回る女だな、アストレアは。もし敵だったのなら最初に殺してるところだ」
そんな、人が聞けばぎょっとするであろう言葉も、しかし今この部屋にはリュージだけ。
物騒かつ不敬な独り言を聞きとがめる者はいなかった。
ちなみにリュージ的にはとても褒めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます