第35話 かわら版

 数日後。


「やあ君! 元気そうじゃないか!」


 次の復讐まで手持無沙汰だったリュージが、アストレアが改革中の王宮の様子はどんなもんかとフラフラと歩いて見て回っていると、突然後ろから声をかけられた。


 ふり向くと見たことのある顔がリュージに走り寄ってくる。


「たしか暴徒のリーダーだったか? こんなところで何してるんだ?」


 それは王宮突入に際してリュージが言葉を交わした、民衆のリーダー格の青年だった。

 あの時のボロい服と違って今日は小ぎれいな服を着ていて、いいとこの子息に見えなくもなかった。


「これから御前会議に参加するのさ」


「平民のお前が、女王が出席する御前会議に参加するのか?」


 リュージはさらっと挨拶だけして別れるつもりだったもののの、少しだけ興味が沸いて話を続けることにした。


 古来より政治は王侯貴族が行うものと相場は決まっている。

 平民が政治に参加するなど、リュージの価値観では考えらないことだった。


「こらこら君、ちゃんと女王陛下と言いたまえよ。まぁあくまでオブザーバーの立場だから、意見を求められた時に発言するだけなんだけどね」


「ま、せいぜいそんな程度だろうな」


 そもそも女王の参加する御前会議にたかが平民ごときが参加できるというだけで、前例がないすごいことなのだ。


「それでもこの国の今後の方向性はわかるし、なによりアストレア女王陛下は会議の最後に必ずボクに発言の機会を与えてくださるんだ。ただの平民に過ぎないボクの言葉を、この国の王が聞いてくれるんだよ? これは革命的なできごとだよ!」


 目をキラキラさせて語る青年リーダーに、リュージはアストレアの改革の正しさを垣間見た気がしていた。

 国を支えるのは最後は人――民衆だ。

 だから民衆が目を輝かせている国は、間違いなく強い国になる。


 顔には出さないもののリュージは内心ほっこりし、しかし聞きたいことは聞けたとばかりにその場を去ろうとしたのだが、


「それにしてもその格好、とても似合ってるね。ちまたで噂のクロノユウシャにうり二つだ」


 その言葉にリュージは立ち去ろうとした足を止めた。


「なんだって?」


「クロノユウシャさ、王都で今一番人気の義賊だよ。知らないとは言わさないぞ? あちこちでかわら版や新聞が出てるじゃないか。いやそうか、逆か。君がオリジナルのクロノユウシャなんだね」


「なんのことだか、さっぱりわからないな」


「隠さなくたっていいさ。巨大な水堀を飛び越え、跳ね橋の鎖を斬って落とした君の姿を、ボクは目の前で見たんだから」


「……あまり俺のことはよそでしゃべらないでくれ。俺はお前を殺したくない」

 さすがに隠し切れないと見て、リュージは脅して黙らせることにした。


「もちろん、君がオリジナルのクロノユウシャだとは口外しないから安心してくれ。ボクは君にこれ以上なく感謝しているんだから。でもグラスゴー商会の一件はさすがに驚いたよ。きっと王都の悪人どもは、今頃みんな肝を冷やしていることだろうね」


 くっくっくと、青年がおかしそうに笑う。


「そんなことはどうでもいい。それよりその名前をどこで聞いた?」


「君の意図がよくわからないんだけど? だから新聞やかわら版でもどこでも見れるじゃないか? それを見た若い男がこぞって君と同じように黒ずくめの恰好をして、街に溢れかえっているわけだし。ほら――」


 言って青年リーダーは、ポケットから四つ折りにしていたかわら版を取り出すと、広げてリュージに見せた。


 そこにはリュージそっくりの絵と、クロノユウシャの名前と活躍ぶりがこれでもかと書かれていた。


「ちっ……あのアマ。悪いがこれはもらってくぞ」


 リュージは舌打ちをしながら、青年リーダーの手からかわら版をひったくるように奪うと、


「え、ああうん、それはいいんだけど。あの、よかったら君の名前を――」


 引き留める青年リーダーの声には答えず背を向けると、一直線にアストレアの部屋へと向かった。


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