第37話 急報

 その急報がもたらされたのは、アストレアがちょっとだけリュージをやりこめた数日後だった。


 新生シェアステラ王国が誕生して以来、睡眠を3時間以上取ったことがない激務続きの過労死ラインぶっちぎりなアストレアに、1日の完全オフが与えられた日の昼頃。


 朝の11時という遅い時間まで、久しぶりに誰にも邪魔されることなくぐっすりと睡眠をとったアストレアは、鏡を見て目の下の隈を化粧で隠さないでいいことを喜んでいた。


 そして今は朝食兼昼食――いわゆるブランチをリュージの部屋で嗜んでいる所だった。


「なんでお前は俺の部屋で飯を食ってるんだ」


「ここは元々わたしの部屋ですよ?」


「今は俺が正式に借り受けているはずだが」


「いいじゃないですか別に朝ごはんくらい、減るもんでもないでしょう」


「俺の貴重な時間と静かな日常と、なにより心がすり減る」


 リュージの嫌味を、


「良かったら食べます? 美味しいですよこの玉子サラダのサンドイッチ。はい、あーん♪」


 アストレアは知らんぷりでスルーすると、サンドイッチを1つリュージに差し出した。


「いらん。っていうか、女王なのにサンドイッチとはまた意外に質素のものを食べてるんだな」


「ほらわたし、ずっと目が見えなかったので、サンドイッチやオニギリといった食べやすい物ばかり食べてたんですよ。食べさせてもらうとどうしても迷惑が掛かっちゃいますので」


「イチイチわざとらしく不幸アピールするな、鬱陶しい。朝から気分が滅入るだろ」


「ひどっ!?」


 全然そんなつもりで言ったんじゃなかったのに……、聞かれたから説明しただけなのに……、とアストレアがぶつくさ言いながら口をとんがらせていると、


「アストレア様、火急の報にございまする!」

 いつも冷静沈着なセバスチャンが、息を切らせて部屋に入ってきた。


「今日は千客万来だな」


 やれやれとリュージはため息をついた。

 いつもは一人で部屋で筋トレをしたり、瞑想して『気』をコントロールするトレーニングをして過ごしているが、今日は無理そうだと諦める。


「もうセバス、リュージ様のお部屋にノックもしないで入ってくるなんていけませんよ」


 アストレアがセバスチャンのやや礼を失した振る舞いを、やんわりとたしなめると、


「それを言うなら、勝手に俺の部屋で飯を食ってるお前もたいがいだろ。他人の襟を正す前に、まず自分の襟元を確かめろ」


 リュージが呆れたように言ったが、アストレアはまたもやしらんぷりをしてスルーする。


「礼を失した振る舞いはお詫びいたします。ですがそれどころではないのです!」


 そこでセバスチャンは、ちらりとリュージに視線を向けた。

 この大事な話をリュージに聞かれても大丈夫かという意味だ。


「構いません、わたしがリュージ様になにか隠しだてするようなことはありませんので」


「おいこら、かわら版の件といい隠しまくってんじゃねーか」


「それはそれ、これはこれです。それに聞かれませんでしたから。聞かれたらちゃんと答えましたよね?」


「このアマ、いけしゃあしゃあと言いやがって……」


 しかし口ではそう言いながら、実のところリュージはまったく気分を害してはいなかった。

 アストレアの聡明かつ口達者なところは、リュージにとってはむしろ信用できる要素の1つである。


 アストレアにしても、自分が信用されていることをしっかりと理解しているからこそ、こんな軽口を叩けるわけで。


 最近お互いにお互いの扱い方がわかってきつつある2人なのだった。

 

「それで、どうしたというのです?」


 改めてアストレアがセバスチャンに問いかけた。


「どうかお心を乱さぬようにしてお聞きくださいませ。東方の領地を治めておられますセルバンテス大公が――きょ、挙兵いたしました!」


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