第21話 襲撃

 シェアステラ王国で中堅大手の商会であるミカワ屋。


 その会長であるサブリナ=ミカワは、王宮からの突然の呼び出しを受けて馳せ参じ、今はその帰途にあった。


 9才でミカワ屋に奉公してからミカワ屋一筋25年。

 能力を認められて先代の養子となり、今年で34才になった、ミカワ屋の看板を背負うにふさわしい清廉潔白な才女だった。


 『ミカワ屋のサブちゃん』として業界では広く知られている。


「でもまさかうちが王宮の御用商人に選ばれるなんてね……しかも新女王陛下から直々に下知を受けるなんて、いったい何があったのかしら?」 


 サブリナは思わず馬車の中で独り言をつぶやいた。

 しかし向かいにいる護衛兼秘書は、それに何も返しはしない。


 サブリナが考えごとをする時に独り言を言うのはいつものことであり、それを黙って聞きながら主人の胸の内を察し、先んじて様々な手配をしておくのができる秘書の役目なのだった。


「裏で何があったかは知らないけど、少なくともミカワ屋始まって以来の大商いになるのは間違いないわね……頑張ってくれている従業員のためにも、ここはわたしも人生で一番の気合いを入れないと」


 サブリナは独り言を続ける。


 しかも話によると、これまで御用商人のトップとして君臨していたグラスゴー商会の担っていた業務を、ほとんどそのまま譲り受ける形なのだという。


 となれば、


「なりふり構わぬ妨害工作をされるのは間違いないわよね、うちだけで対処できるかしら?」


 グラスゴー商会はかなりあくどい手を使うことで有名だった。

 そしてまず一番に狙われるとすれば、それは会長であるサブリナの命に違いない。

 商売敵の暗殺くらい簡単にやりかねないのがグラスゴー商会なのだから。


「店に帰ったらすぐに護衛の人数を増やさないと……」


 サブリナがそんな風に今後の方針を考えていると突然、


 ヒヒーン!


 馬車を引っ張っていた馬が大きくいなないたかと思うと、馬車が急停止した。


「何事ですか?」


 秘書が鋭い目つきをして馬車の前方の小窓を開け、御者とコンタクトをとる。


「ぶ、武装した賊に囲まれております……! か、数は優に50人を超えるかと!」


「くっ……!」

 悲鳴のような御者の説明を聞いて、サブリナは唇を噛みしめた。


 グラスゴー商会はサブリナが帰るまで、悠長に待ってくれはしなかったのだ。


 さっきの今でこの手際の良さは、さすが悪名高いグラスゴー商会といったところか。

 しかも50人以上の武装集団を用意するとは、なにがなんでもこの一件は容赦しないということなのだろう。


「私たちを絶対に生きて帰さないって明確な意思表示ね、参ったわ」


「サブリナ様、諦めてはいけません。騒ぎを聞きつけた衛兵がすぐにやってくるはずです」


「気休めはいいわよ。あなただってわかってるでしょ、どうせこの辺りの衛兵も買収されてるでしょうし」


「……」


「命運尽きたわね……ごめんね、あなたたちまで巻きこんじゃって」


 サブリナは中堅大手の商会を率いる会長というだけあって、現状認識に優れていた。


 これはもう無理だ。

 奇跡でも起きない限り自分たちは殺される、と完全に理解できてしまっていた。


 しかしいつまで経っても賊が馬車に入ってくることはなく、それだけでなく急に馬車の外が騒がしくなりはじめたのだ。

 賊の悲鳴が次々と上がり始める。


 何事かとサブリナが外を見やると、


「死ね、クズども。神明流・皆伝奥義・三ノ型『ツバメ返し』」


 そこでは1人の黒ずくめの若い剣士が、殺戮の雨を降らしていた。


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