第20話 ミカワ屋
「典型的な悪徳商人だな。いい機会だからそんなとこはとっとと潰しちまえよ」
「そんなに簡単に言わないでください。代わりの御用商人を見つけないといけないんですから。でないと職員さんの日々の食事さえままならなくなります。それなりに大きくて、ちゃんと信頼ができて、国民のために働いてくれるような商会が必要です」
「だったらミカワ屋って中堅大手の商会がある。誠実さを売りに実直に商売をしている商会だ。そこなら信頼できるはずだ」
「ミカワ屋さんですか、可愛い名前ですね?」
「だからとっととグラスゴー商会の御用商人としての特権は、あますところなく全部引き剥がしてやれ」
「ところでたしかミカワ屋さんというと、あなたの義理のお兄さんになる予定だったパウロさんが支店長を任されていた商会ですよね?」
「……俺のことを調べたのか」
「まぁそれなりには。気分を害されましたか?」
「いいや、当然の行為だ。お前が何でもホイホイ相手のことを信じる馬鹿なお姫様じゃないと再確認できてよかったよ」
「その割には少しイラついたような顔をされていますけど?」
「勝手にあれこれ身辺調査されて、個人的にムカついてるだけだから気にするな。そんなことでお前と協力するという一番の大局を見誤ったりはしない」
「精神構造が子供なのか大人なのか、とても判断に迷う発言ですね」
アストレアが困ったように言った時、
「失礼いたします、アストレア女王陛下。そろそろ御前会議の時間にございます」
メイドが一人ノックとともに入室してそう言った。
「ありがとう、大臣たちにはすぐに向かうと伝えてください」
「かしこまりました」
メイドが丁寧にお辞儀をして退出していくのを見送ってから、アストレアが言った。
「というわけなので、わたしは女王としてのお仕事に戻ります。御用商人の件は、委細リュージ様の提案通りに取り計らいますのでご安心を」
「恩に着る、ありがとう」
リュージが再び頭を下げる。
「いえいえ、誠実な商会を御用商人として迎え入れることは、シェアステラ王国にとっても有益なことですから、どうかお気になさらず。それにミカワ屋が御用商人になれば、パウロさんも少しは報われることでしょう」
「……」
アストレアの最後のセリフに、リュージは答えなかった。
しかし聡明なアストレアは、それが肯定の返事に等しいのだと理解している。
「ああそれと。クロノユウシャ、なかなか悪くない名前だと思いますよ?」
「……どこでその名前を聞いた?」
「先ほど眠りながらリュージ様自身が呟いてましたよ。クロノユウシャになるんだって」
「昔の話だ、忘れろ。俺は自分が勇者なんて高尚な存在だとは、これっぽっちも思っちゃいない」
「そうですか? 意外と似合ってると思いますけど。もういっそのこと広めちゃいません? クロノユウシャ――それは悪を討つ悪、新生シェアステラ王国に現れた黒き義賊である、なんちゃって」
「余計なまねはするな。記憶から消えるまで殴り続けるぞ」
リュージがにらみつけると、
「あらら、こわい顔」
アストレアはおどけたように言って立ち上がった。
「ではそろそろ行ってまいります」
そしてそれだけ言うと、ぺこりと会釈をして振り返ることなく部屋を出ていった。
睡眠不足によるハイテンションで騒がしかったアストレアがいなくなり、リュージ1人になった部屋を沈黙が支配する。
そんな静かな室内で、リュージはボソッと呟いた。
「パウロ兄……パウロ兄のいたミカワ屋が、王宮御用達の御用商人になるんだってさ。生きていたらきっとパウロ兄も喜んだよね……」
リュージは少しだけ、もう絶対にかなうことのない『幸福』に思いをはせてから、
「さてと次の準備をするか」
殺意に満ちた冷徹な復讐者の顔に戻ると、するりとベッドから抜け出した。
そしてベッド脇に綺麗に洗濯して置いてあった馴染みの黒装束に着替え、愛用の刀を掴むと音もなく部屋を後にした。
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