第26話 他意はない
翌朝――というにはもう昼に近いころ。
兄と慕っていたパウロの復讐を終えて、いくばくかの達成感と、たとえ何をしても失われたものが戻ってくることはないのだという、どうしようもない虚無感を同時に覚えながら。
自由に使っていいと言われたアストレアの私室に、朝帰りしたリュージのところに、
「また大量に殺しましたね? わたしとした約束、覚えてます??」
朝一からの会議を4つもこなし、合間に様々な報告を受けて指示を出し、大臣たちから提出された最終決裁書類に片っ端からサインし、そうしてやっとこさ短い休憩を許されたアストレアがやってきて、呆れたように言った。
「さすが新女王は耳が早いな」
「何を言ってるんですか。王宮どころか王都は朝からその噂でもちきりですよ。グラスゴー商会の会長と、彼が雇っていたゴロツキやチンピラまがいの私兵が300人近く、一晩で斬り殺されたと。こんなものはわたしでなくても周知の事実です」
「あれは向こうが襲ってきたんだから仕方なかったんだよ。不可抗力ってやつだ。俺だってなるべく殺さないって約束を、守ろうと思わなくはなかったんだぞ?」
嘘ではない。
実際、逃げた私兵80人をリュージは追っていない。
ターゲット以外は、復讐の邪魔をするなら容赦なく殺すというのが、今のリュージの基本スタンスだ。
「もちろん詳細については、ミカワ屋のサブリナ会長から聞いております。いきなり街中で襲われたのを守ってくれたそうで、それについては本当にありがとうございました」
「礼なんざいらねぇよ。別にお前のためにやったわけじゃねないからな。ま、なんにせよ、これでグラスゴー商会は完全に力を失った。ミカワ屋って後釜もいるし、楽につぶせるだろ?」
「それはまぁ、そうなんですけどね? 今回の件でグラスゴー会長の邸宅の現場検証に入った特別監査チームが、二重帳簿から贈賄リスト、果ては暗殺リストまで悪事の証拠を山ほど持って帰ってますし」
「つぶす理由には事欠かないな」
「そうですけど、ですが物事にはやはり、やり方や手順というものがあるんじゃないかなぁって思うわけでして」
「サブリナは殺される寸前だった。この世は悪意に満ちている。お前のいうやり方や手順をご大層に守っていては、助けられない命もある。何の落ち度もない姉さんやパウロ兄が死んだようにな」
「それも認めます。まったくもってリュージ様のおっしゃる通りです」
「その割には不満そうな物言いだな」
「不満というわけではないんです、ただちょっとだけ悔しいと言いますか」
自嘲気味に苦笑いをしてアストレアが言った。
「悔しい? なにがだ?」
「リュージ様は完全にルールを逸脱しています。ですが結果的に正義を行っています。逆にわたしは正しい手順を踏んでいるはずなのに、危うく悪にしてやられるところでした。リュージ様がいなければ、サブリナ会長は命を落としていたことでしょう」
「まぁそうだろうな」
「結果的に正しかったのはルールを守ろうとしなかったリュージ様です。それがどうしようもなく悔しくて、やるせないんですよね。あーあ、正義ってなんなんでしょうね……」
アストレアは場末の風俗嬢のごとく、人生に疲れ切ったように言った。
そこに本気の苦悩を見て取ったリュージは、少しだけアストレアを応援してあげることにした。
「それこそ人それぞれだろ」
「え……?」
「お前はお前のやり方をやればいい」
もちろん他意はない。
ここでアストレアが精神的に行き詰まり心がポッキリ折れてしまうと、今後のリュージの復讐にとって都合が悪いから、ただそれだけだ。
アストレアがどことなくちょっとばかり姉に似ている、とかほんのちょろっと思ったからでもない。
そもそも街一番の器量よしと言われていた美しい姉と、まぁまぁそれなりに美しいアストレアとでは似ても似つかない。
髪の色も瞳の色も、胸の大きさもなにもかもが違っている。
だから他意はない……はずである。
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