第27話 それぞれの正義

「俺の正義は復讐を果たすことだ。それ以上でもそれ以下でもなく、どこまでも個人的で主観的で、だから過程を問う必要もない。俺の正義は断固として固まっていて、なにより俺の中で完結している」


「……」


「でもアストレア、お前の正義は違う。女王であるお前の正義は、国民みんなの正義と等価だ。お前の正義は常に大多数に見られていて、だから時に過程が結果よりも大切になる」


「ぁ……」


「立場で物事の基準は変わる、お前はお前の信じる正義を貫けばいい。ただそれだけのことだ――って、なんだその顔は?」


 アストレアがぎょっとしたようにリュージを見ていた。


「いえ、リュージ様って意外と物事を深く考えているんだなと、いい意味で少し驚かされました」


「ふん、こんなものはただの師匠の受け売りだ」


「それはきっと、いいお師匠さんだったんですね」


「ああ、いきなり深い山奥に俺を放り出して、刀一本で一カ月生き延びろとか言うくらいにはいい師匠だったよ」


「えっと、それは大変でしたね……?」


「うん、あの時は本当に大変だったんだ……」


 リュージが少しだけ遠い目をした。


「で、でもでもリュージ様のおかげで、少し自分に納得ができた気がします。ありがとうございました、励ましていただいて」


「少しは元気になったみたいだな」


「えへへ、おかげさまで」


「じゃあ話を戻すが、グラスゴー商会のやつらはどう見てもとてもカタギとは思えなかったよ。周辺の衛兵も買収されてみたいだし。よくあんなのが筆頭御用商人なんかやってたと、逆に感心したくらいだぞ」


「それも耳が痛いですね、返す言葉もありません。それもこれも落ちるところまで落ちたシェアステラ王国が、もう一度立ちあがるための生みの苦しみと考えれば、致し方ないのかもしれませんが」


「この際だから膿は全部出しちまえよ?」


「もちろんです。悪事を見のがそうとした衛兵についても、既に拘束して厳しく取り調べておりますので」


「まぁそいつらは氷山の一角だろうけどな」


「いちいちテンションが下がることを言うのはやめてくれません!? 泣きますよ!?」


「俺は事実を言ったまでだ、泣きたければ好きなだけ泣け。もしそれで事実が変わるのであれば、お前の涙には価値があるだろう」


 つまり泣いても事実は変わらないから、そんな暇があるのなら新女王として馬車馬のように働けという意味である。


「ううっ、さっきのリュージ様はあんなに優しかったのに……まぁいいですけどね、これがいつも通りのリュージ様ですから。それはそれとして、やっぱり1日で合計300人も殺したのはやりすぎですからね?」


「だからわかってるって。毎回毎回あんなことにはならねえよ」


「本当に、今度こそわかってるんですよね?」


「大丈夫だってば。次にるのは1人だ」


「……その人も、どうしても殺さないとダメなんですよね?」


「どうしても殺さないとダメだ」


「そうですか……」


「俺はそのためだけにこの7年間を生きてきた。姉さんとパウロ兄を殺した奴らが――あの事件に関わった奴らが今ものうのうと生きていることが、俺にはどうしても許せない」


「……」


「地の果てまで追いかけてでも、あいつら全員に死をもって償わせる。それが俺の復讐であり、それが俺の人生だ」


「……悲しい生き方ですね」


「それこそ今さらだ」


 復讐に全てを捧げたリュージの生き方に、アストレアは沈痛な表情を見せたあと。

 しばらくじっと押し黙ってから、意を決したように言った。


「実は昨日ケーキを焼いたんです」


「は? ケーキ?」


 アストレアがとても明るい声で言ったので、リュージは珍しく少し驚いたような顔をみせた。


「チョコレートケーキです、今から一緒に食べましょう」


 どこまでも暗くなる一方の空気を変えるんだから!

 そんなアストレアのあからさまな意図を、リュージはすぐに察した。


「いらねえよ」


 が、しかしアストレアの意図にリュージが乗ることはなかった。

 容赦なく提案を拒否する。


 しかしアストレアも簡単には引き下がりはしなかった。


「じゃあ切りますねー、6等分でいいですか?」


「いらねーっつってんだろ。くだらない同情や無益な慣れあいはごめんだ――」


「はぁ!? 意地悪しないでケーキくらい食べてくださいよ! 激務に耐えて耐えて耐えまくって、わずかの余暇にストレスの発散も兼ねて作ったんですよ!? 昨日は2時間しか寝てないんですからね!?」


「だからいきなり何の前触れもなくキレるなって……わかったよ」


 よほど疲れているのだろう、またもや突然キレだしたアストレアにリュージは少しだけ同情した。


 睡眠時間も3時間からさらに減って2時間になってるし、ここは少しだけストレス発散に付き合ってやろうとリュージはいつになく優しい気持ちになっていた。


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