第17話 過去編3「クロノユウシャ」

「殺してやる殺してやる殺してやる!」


 ただその一心だけを原動力に、怒りに染まった血走った目で王宮への道を駆けていたリュージだったが、


「おいおい、そんな物騒なもん持ってどこにいくってんだ、少年?」


 突然目の前に影が差したかと思うと、リュージのいく手をはばむように大男が立ちふさがっていた。

 年は50才くらい。


 腰には御大層な刀をぶら下げ、リュージの行く手を阻むように立ちふさがっている。


「どいてください」


 無視して脇をすり抜けようとしたリュージは、いきなり地面に組み伏せられてしまっていた。

 後ろ手に絞り上げられて地面に顔を押し付けられる。


「ぐっ、なにをしやがるんだ!」


「いやなに、前途有望な若者と少し話そうと思ってな」


「俺にはアンタと話すことなんかない! どけよっ! 俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ!」


 リュージは必死に振りほどこうと暴れるものの、15になったばかりでまだ身体もできていないリュージと、筋骨隆々の大柄な男とでは力の差は歴然だった。


 しかしリュージは諦めなかった。

 微動だにできずに組伏せられていたリュージの中で、やり場のない怒りが限界を超えて爆発した瞬間、


「おおおおおおおおおおっっっっ!!」


 リュージの身体に猛烈な力がみなぎっていた。

 のしかかっていた大男をはね飛ばして立ち上がる。


「おっとと、おいおいまさか『気』を使えるのかよ」


 大男が驚いた顔を見せたが、リュージ自身も自身の変化に驚いていた。

 なにせ自分の3倍は重いであろう大男を、一瞬で跳ね飛ばしたのだから。


「『気』……?」


 そう答えたリュージだが、その時にはもう既に尋常ならざる力は綺麗さっぱり消え失せてしまっていて。


「感情が爆発したことで自然と『気』が発露したのか。しかし訓練もせずに一瞬とは言えこれほどの『気』を使うとはな……これもまた運命ってやつか」


「なに言って……ぁ?」


 突然リュージの膝がガクッと崩れた。

 身体から力という力がごっそり抜けていく。


「強引に『気』を使ったから反動が来たんだ」


「うぐ……」


 カランと、音がしてリュージの手から包丁が落ちた。

 わずかに遅れてリュージの身体もドサリと地面に倒れる。


 極度の疲労に襲われたリュージは、すでに指一本動かせなくなってしまっていた。

 いまにも飛びそうな意識を、怒りと憎しみによって必死に繋ぎとめる。


 そんなリュージの顔の前に、大柄な男がしゃがみ込んで言った。


「『気』ってのはな、生命エネルギーのことだ。つまり今のお前は生きるために必要な力をほとんど使い果たしちまったってわけさ」


「ぐっ……だからなんだ!? 俺は、俺はこんなところで倒れてるわけには……姉さんとパウロ兄の仇を、とらないといけないんだ……!」


「あーそっか、復讐か。でも残念、お前みたいな子供じゃとても復讐はかなわねぇよ。そんなチンケな包丁一本で何ができるってんだ?」


「それでも、それでも俺は……仇を……うっ、2人の仇をとるんだ……! たとえ死んでも、俺は姉さんとパウロ兄の仇をとるんだ……!」


 惨めに地面にはいつくばって、自分の無力を痛感して涙しながら。

 それでも目に悪鬼羅刹の如き憎悪の光をともし続けるリュージにとって、


「だからオレがお前に力を与えてやる」


 その言葉は地獄に差した希望の光だった。


「……力?」


「こう見えてオレは、遠い昔に『白の勇者』って呼ばれた正義の味方の末裔でな。『気』を使って戦う神明流って技を代々継承してきたんだ。それをお前に教えてやろう」


「その技を使えれば復讐できるようになるのか?」


「まぁできるだろうな」


「本当に……?」


「なんせ勇者が魔人を倒した技だぞ? 復讐くらい余裕にきまってるだろ」


「魔人だって? そんなの絵本の中の話じゃないか……馬鹿にすんなよ、じじい。期待して損した……」


「いやいや、ほんとなんだってば。つーか口の悪いガキだなぁ。実際お前もさっきもすごい力を使っただろう? あれが動かぬ証拠さ」


「……」


「な? 信じる気になったろ?」


「……うん」


「ま、できれば復讐じゃなくて正しいことのために、誰かのために使って欲しいんだけどな。なにせ勇者が世界を救った技だし」


「そんなことしないといけないなら、要らない……」


「まぁそう言うなって。技ってのはな、突き詰めれば道具に過ぎないんだよ」


「道具……?」


「道具ってのは、それを使う人間によって良い物にも悪い物にもなる。料理をするための包丁で、人も殺せるようにな」


「つまり復讐できるってことなんでしょ?」


「要はお前の心次第ってことさ、何をするにしてもな」


 大男の言葉は、いい年して2桁の掛け算がなんとかできる程度の馬鹿なリュージには、少しばかり難しかった。

 それでも。


「……さい」


「ん? なんだって?」


「俺に力をください! 戦うための力を! 復讐するための力を! 勇者の技を俺に教えてください!」


 この時点で、リュージは強く強く決意していた。

 覚悟を決めていた。


 俺はなるんだ――勇者に。

 といっても正義の味方の『白の勇者』じゃない。


 全ての悪を、不条理を、理不尽を!

 それらすべてを更なる暴力でねじ伏せる悪なる勇者に!


 そして姉さんとパウロ兄を殺した奴らを血祭りにあげてやる!


 『黒の勇者』に――俺はなる!


「元よりその気さ。オレには子供がいない、だから勇者の技はオレの代で途絶えると思ってたんだが、オレは今日ここでお前に出会った。まったく世の中ってやつはムカつくほどによくできてやがるぜ。神さまってのはもしかしたら本当にいるのかもな」


「この世に、神さまなんていやしないよ」


「きっとそれも、お前の心次第さ」



 ――それが、俺と師匠との出会いであり。


 同時に辛くて苦しい、文字通り死と隣り合わせの、7年にも及ぶ神明流奥義を会得するための常軌を逸した修行の始まりだった。



―――――――


・クロノユウシャ 皆殺し編「泣いて喚いて後悔しても、今さらもう遅い」


 をお読みいただき誠にありがとうございます。

 まずはタイトル回収です。


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