第16話 過去編2「全ての始まり」

 それから数年が経ったころ。


「姉さんがさらわれたって?」


 その日、夜遅くなっても戻ってこないユリーシャを、ご近所さんや婚約者のパウロ兄と一緒に探し回っていたリュージのもとに、信じられない一報がもたらされた。


「パウロの仕事場の手伝いに行った帰りに歩いていたユリーシャの脇に馬車が止まって、そのまま無理やり拉致して連れて行ったらしい。王宮の方に一目散に向かってったのを見たってやつがいたんだ」


 それを聞いたパウロ兄は血相を変えると、リュージたちの制止の声も聞かずに王宮へと向かった。

 聡明なパウロはこの時点で全てを察して、ユリーシャを助けに行ったのだ。


 パウロはとても正義感の強い善人だったし、婚約者であるユリーシャのことを心から愛していたので、それはある意味当然の行為でもあった。


 そしてその数日後、パウロは返ってきた――物言わぬムクロとなり果てて。


 端正で優しい顔は、散々に殴られて原形をとどめないほど見るも無残に腫れあがり、それを見たリュージは一瞬立ったまま気絶してしまい、パウロの両親はショックのあまり泣き崩れてしまった。


 パウロの遺体はその日のうちに埋葬された。

 リュージはパウロの形見として、婚約祝いでユリーシャが送った青いミサンガを引き取った。

 ユリーシャに渡さないといけないと思ったから


 さらにその数日後に、ユリーシャが帰ってきた。


 ユリーシャは生きていた。

 しかしそれはもう惨めな姿をしていた。


 かろうじて局部を隠すしかできなくなったボロボロの服。

 流れるように美しかった黒髪は、なにかがこびりついてガビガビになっていて。


 そして誰のものともわからない精液を股と尻から大量にあふれされ、身体中に男の精の匂いをこびりつかせて、死んだ目をしながら――それでも必死に帰ってきたのだった。


「パウロ、ごめんなさい、パウロ、私、汚されて、パウロ、ごめんなさい、パウロ、パウロ……」


 ただただパウロに会うために、愛しい人に会うために。


 尊厳を奪われ身も心もボロ雑巾のようにズタボロにされても、それでもユリーシャはパウロのために生きて家へと戻ってきたのだ。


 何をされたのかを泣きながら話したユリーシャは、パウロに会いたいと両親に何度も泣いて訴えた。

 そしてついには隠し切れなくなった両親から、パウロが亡くなったことを知らされて――翌朝ユリーシャはこの世に絶望して、首を吊って死んだのだった。


 パウロの隣に寄り添うように作られたユリーシャの墓の前で、


「どうして……?」

 リュージはぽっかりと穴の開いた空虚な心でつぶやいた。

 手にはパウロの青いミサンガと、同じ意匠のユリーシャの赤いミサンガを握りしめて。


 ほんの1週間前までは幸せな生活が続いていた。

 これからもずっと続くと思っていた。


「なのに、なんでこんなことになるんだよ? 姉さんとパウロ兄が何をしたっていうんだよ?」


 何も悪いことなんてしてないじゃないか?


 2人はどうしようもないほどに善人だった。


 リュージのように算術の勉強を抜け出したりしないし、お使いのおつりをちょろまかして買い食いしたりもしない。


 真面目で、優しくて、何より正しい人たちだった。


 なのになんでそんな2人の人生が、こんな悲惨な結末を迎えなきゃけないんだよ?


 こんなのおかしいだろ?

 間違ってるだろ?


 その瞬間、リュージの空っぽの心に、怒りと憎悪の炎が生まれ落ちた。

 それはだんだんと渦を巻くように大きく激しく燃え盛っていって――。


 ああ、こんなのおかしいよな。

 こんなことはあっちゃいけないんだよ。

 俺はこんな理不尽を許しちゃいけないんだ。


「姉さんとパウロ兄をこんな目にあわせて何もかもを、俺は絶対に許すことができない! 復讐だ! 復讐すんだ! 姉さんとパウロ兄を殺した奴らを、俺が皆殺しにしてやるんだ!!」


 パウロに続いて最愛の姉であるユリーシャまでが死んだことで、リュージの心は限界を超えてしまった。

 ガチャっと音をたてて壊れてしまったのだ。


 リュージは決意を決めると形見のミサンガをそれぞれ両手首にはめ、台所から包丁を持ち出して着の身着のまま王宮に向かって走り出した。


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