第18話 おざなり、嫌味、被害妄想

 リュージが目を覚ますと、視線の先には見知らぬ天上があった。

 真っ白な天井だ。


「昔の夢……久しぶりに見たな……」


 わずかな感傷に浸ったものの、リュージの思考は急速に現実に戻り来ると、即座に現状を把握しにかかった。


 清潔なベッドに寝かされている。

 拘束もされていない。


 愛刀はすぐ手が届くであろう右手側の壁に立てかけてあった。


 神明流・皆伝奥義・四ノ型『不惑なりしザッソウ魂』をアストレアに使用したあと、限界まで『気』を消費したせいで倒れてしまったのだと、すぐに思い至る。


「はぁ……アストレアの目が治ってくれたから良かったものの、四ノ型『不惑なりしザッソウ魂』はほんと使えない技だな。師匠が死に技だと言ってたのがよくわかる」


 毎回毎回使うたびにぶっ倒れて戦闘不能になっていたら、そう遠くない内に命を落とすことだろう。

 例えば戦闘中に大けがをした自分に使ったとして、しかしそのまま気を失ってそのまま倒れたらなんの意味もないわけで。


 リュージが思わずため息をつくと、それに呼応したかのようにお腹がグーっと鳴った。

 起きて早々かなりの空腹を感じている。


「おはようございますリュージ様、ご気分はいかかですか?」


 と、ベッド脇から声がかけられた。

 刀があったほうとは反対側、ベッドの左側からだ。


 アストレア王女――いや今はもうアストレア女王――だった。


「アストレア……まさかずっとついて看病してくれたのか?」


 リュージはベッドから上体を起こすとそう尋ねた。

 身体にだるさはまったく感じず、既に完全回復している。


「はい――と言いたいところですが、残念ながら違います」


「そうか、違うのか」


「ええ。誰かさんのせいで、シェアステラ王国でこれまで主流派として国を動かしていた主だった貴族が軒並み討たれ、新たに1から国を作り直さなければならなくなりましたので」


 アストレアの小さな嫌味を、


「ふうん。それは大変だったな、お疲れさん」


 リュージはさらっと右から左に流した。


「感想がむやみやたらと軽いですね!? ほんとにほんとに大変で大変で、新女王となってからずっと毎日寝る間も惜しんで働いてたんですよ? 毎日3時間睡眠ですよ!? 今もどうにか10分ほどの時間を捻出して様子を見に来たところ、偶然にもリュージ様が目を覚ましたというわけなんですけど!?」


 極度の睡眠不足は、本来は落ち着いた性格であるアストレアを若干のハイテンションにしていた。

 疲れに疲れているアストレア本人は当然気付いておらず、リュージは気付いていたけれど特に指摘するつもりはなかった。


「正直だな、ずっとついていたと言えば俺の心証が良くなったろうに」


「そんな嘘をついたってすぐにばれますよ、なにせもう3日目ですからね、リュージ様が倒れてから。ずっとついていたなんて言ったらすぐに嘘だとバレちゃいます」


「3日だと? まさか俺は3日も寝てたのか?」


 どうりで腹が減っているはずだ。

 驚くとともに、改めて神明流・皆伝奥義・四ノ型『不惑なりしザッソウ魂』は本当に使えない死に技だと、リュージは再認識した。


「はい。ここはわたしの私室の1つで、信頼できるわたし付きのメイドに、この部屋で極秘に面倒を見てもらっておりました」


「それは迷惑をかけたな、助かったよ」


 言って、リュージは頭を下げた。


「そこは普通に感謝してくれるんですね。忙しいと言ったわたしには、やたらとおざなりな言葉をかけただけだったのに……」


「三日三晩も意識を失い面倒を見てもらったのは俺の失態だから、当然感謝はする。だがお前が忙しいのは女王であるお前の当然の義務だから、特にそれについて俺が思うところはないよ」


「なるほど……今の会話で、少しだけあなたの価値観を理解できた気がします。あなたは究極の個人主義なのですね」


「それは嫌味か?」


「いいえ、ただの感想ですが? そんな風に感じたのはあなたの被害妄想じゃないですか?」


「ちっ……」


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