第10話 第一王女アストレア

「セバス!」


 目が見えないながらも状況を察したのだろう、アストレア王女が悲痛な声をあげた。


「心配すんな、どうにも話が進まねぇからちょっと気絶させただけだ」


「あのセバスをこうも簡単に気絶させるなんて……あなたはいったい……」


「やっと話を聞く気になったか。俺はリュージ、7年前にお前の父親たちに犯され殺された姉さんの復讐に来た。既にお前の父であるライザハット王と、妹のフレイヤ王女は殺した後だ」


 正確にはフレイヤはまだ死んではいないだろうが、まぁ死んだも同然で大きな違いはないだろう。

 そんなリュージの恐ろしい発言を聞かされて、


「父と妹が既に……。そうですか、そして今からわたしも殺すと言うわけですね」


 しかしアストレアは淡々と答えた。


「なんだ、自分の家族が殺されたってのに怒りもしないのか? 意外と冷たいんだな」


「複雑な気持ちというのが正確なところでしょうか。父たちのあまりに傲慢なやり方は、いつかこのような不幸な未来を招くと、常々思っておりましたので」


「ふぅん、殊勝なこって」


「ですがセバスには罪はありません。彼は心美しき騎士の鑑です。どうか寛容な措置をお願いしたく」


 アストレアはベッドから降りると、床に正座をして額をこすりつけるようにお願いした。

 いわゆる土下座スタイルだ。


「だから違うって言ってんだろ。いいから頭をあげろ」


「いいえ、セバスを助けてくれると約束していただけるまで、頭をあげるつもりはありません」


「お前もこの老執事も殺しはしねえよ」


「父と妹を殺したという復讐者の言葉を、ほいほいと信じろというのですか?」


「へぇ、やっぱりお前は頭が回るみたいだな。なら、今から俺が信じるに足るだけの証拠を見せてやろう」


「大変申し訳ありませんが、いくら証拠を見せると言っても、残念ながらわたしの両の目は光を失って久しいのです」


「その目、なにがあったんだ? その言い方だと生まれつき目が見えないわけじゃなさそうだけど」


 リュージは気になったことを尋ねてみた。


 アストレアは今日のところの最終目標だ。

 だから少しくらい話が逸れたところで、大勢に影響はないだろう。


「わたしがあまりに反抗的で、このままでは反主流派の旗頭にされてしまうと危惧した父に焼かれてしまいました」


「自分の失政を棚に上げて、それを諭す自分の娘の目を焼いたのか。どこまでも腐りきってやがるな。ああそうか、フレイヤの入れ知恵だな? 第二王女にとって第一王女のあんたは、王位継承権の点でもっとも邪魔な存在だからな」


 もっともらしい理由にかこつけて政敵を蹴落とすなんてのは、吐いて捨てるほどよくある話だった。

 もちろんそれで目を焼いて自由を奪うなんてのは、胸糞が悪すぎる話なのだが。


「そうかもしれませんね。あの子はわたしと合わないところが多かったですから。もちろん今となっては、何があったのか真相は闇の中ですけど」


「どっちも俺が殺してしまったからな」


「そういうわけなので、たとえ何を見せられてもわたしの目が『証拠』を見ることはかなわないのですよ」


 自嘲気味に言ったアストレアの言葉を、


「いいや、見せられるさ」


 短い言葉で否定すると、リュージはアストレアの前にしゃがみ込んだ。


 そして今なおセバスチャンをすくうために土下座を続けるアストレアの前に右手をかざすと、力ある言葉を発した。


「神明流・皆伝奥義・四ノ型『不惑なりしザッソウ魂』」


 その言葉とともにリュージの右手に膨大な『気』が集まっていく。

 そして集まった膨大な『気』は、アストレアの目へとどんどんと流れ込んでいって――。


「こ、これは……!? 温かい何かが流れ込んでくるような――」


「今は黙ってろ、集中力が乱れる」


「……」


 そのまましばらく、リュージは無言のまま『気』をアストレアの目に送り込んでから、


「目を開いてみろ」


 アストレアに端的にそう伝えた。


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