第11話 ツンデレ?

「は、はい……」


 リュージの言葉を聞いたアストレアが、恐るおそるといった様子で目を覆う包帯をほどいた。

 ゆっくりと目を開く。


「どうだ?」


「見え……ます! 目が見えます!」


 思わず顔を上げたアストレアが見た先にいたのは、黒髪黒目、身に着けた軽鎧まで真っ黒な黒ずくめの青年だった。


「よし、成功だな」


「…………」


「どうした? 黙ったままジロジロ見て、俺の顔に何かついてるか?」


「え? あ、いえ、あの、なんでもありません……」


 リュージの端正な顔を見て、アストレアは今の置かれている状況も忘れて一瞬胸を高鳴らせてしまっていた。


 しかも焼かれて失明した目を治してもらうなどという、神のごとき奇跡与えてもらったのだから、それは人としてごくごく自然な反応でもあった。


「まぁいいや……っとと」


 突然、めまいでもしたかのようにリュージが足をふらつかせた。


「リュージ様!?」


 慌てて立ちあがったアストレアが、抱きかかえるようにしてリュージを支える。


 アストレアの目を癒した神明流・皆伝奥義・四ノ型『不惑なりしザッソウ魂』。

 この奥義は生命エネルギーたる『気』を大量に消費して傷をいやす特殊な奥義であり、リュージは今自分に残っていた『気』をほぼ完全に使い果たしていたのだった。


 平静を装っているものの、今のリュージには神明流の奥義を行使する力はもう残っていない。

 しかもそこまでしたとしても、この奥義の成功確率は極めて低く、リスクばかりが高い実質的な『死に技』だった。


 だからアストレアの目が治ったことも、実際のところただただ運が良かったに過ぎなかった。


 もちろんリュージは他人に弱みを見せることを極端に嫌う性格のため、わざわざそんなことを一から十までアストレアに伝えたりはしないのだが。


「問題ない、ただの立ちくらみだ」


 女らしい柔らかい身体に包まれたリュージは遠い昔、子供の頃に泣きべそをかいた時、亡き姉がぎゅっと抱きしめてあやしてくれたことを思い出していた。


 しかしリュージは淡い感傷を見てみぬふりをしてやり過ごすと、アストレアの身体を引き離した。


「そうですか? 幾分体調が悪いように見えますが……」


「開いたばかりの目でよくもまぁそんなことが言えるな? 少し言葉が軽いんじゃないか?」


 リュージはいらぬ心配はするなとばかりに、いつも通りの軽口をたたく。


「目で見えなくとも、息遣いや声の様子から体調を察することはできますよ」


「チッ、本当によく回る口と頭だな」


「あの、さすがにそれは心配した相手に対して言う言葉ではないような……」


「一応、褒めたつもりだ」


「え、今の褒めたんですか? ふむふむなるほど、つまりこれが世にいうツンデレというものですね」


「ツン……? なんだそれは? いや、ゴホン」


 初めて聞く言葉にリュージは少し首をかしげかけて――しかし会話の主導権をアストレアに奪われかけていることにすぐ思い至って、わざとらしく咳払いをして誤魔化した。

 誤魔化していた。


 完全にアストレアのペースに乗せられてしまっていたことを、超恥ずかしがっていた。

 リュージも人の子なのである。 


「それでどうだ? これが『証拠』だ」


「はい、動かぬ『証拠』をこれ以上なく見せていただきました。まさか再び自分の目で外の世界を見られるなんて……リュージ様は本当に信頼できるお方です。感謝してもしきれません、本当にありがとうございました」


 アストレアの再び光を灯すようになった瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「感謝は必要ない。それが俺にとって必要だったからやったまでだ」


「そうかもしれません。それでも再び自分の目で外の世界を見られる喜びを、わたしは今ひしひしと感じているのです。それに――」


「それになんだ?」


「数年ぶりに開いた目に映ったのが、あなたの顔でしたから」


 アストレアが優しく微笑みながら言った。


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