第9話 老騎士セバスチャン=ベッテル

 らせん階段を駆け上がったリュージは、最上階につくとすぐに入り口のドアを開けようとして、ドアの内側に物が置かれて入れないように塞がれていることに気が付いた。


「バリケードのつもりか?」


 ベッドかタンスか、なにか重いものをドアの内側に横倒しにして、ドアが開かないよう塞いでいるようだ。

 原始的だが実に効果的な防衛方法だった。


「これを突破するには、普通の携行武器じゃ何日もかかるだろうな」


 攻め込まれた時のセオリー通り、籠城している間に援軍が来るのを待つつもりなのだろう。


「だが悪いな。俺の前ではこんなものはまったくの無意味だ。おい! ドアの向こうにいるのならどいておくことだ、巻きこまれたくないのならな! 神明流・皆伝奥義・一ノ型『カワセミ』」


 刀の切っ先に猛烈な剣気が溜め込まれ、強烈な突きとともに放たれる。


 ドゴォォォォォン!!


 まるで砂のお城を蹴り飛ばしたみたいに、バリケードとして置いてあったタンスごと、軽々と扉が吹っ飛んだ。


 そうして苦もなくバリケードを突破したリュージが室内に踏み入ると、そこには執事のような格好をして鞘に納めた剣を持った老兵が一人と。

 もう一人、両目を包帯で覆った妙齢の女性がいた。


 女性はベッドに腰かけている。

 年齢はフレイヤの少し上くらいだろうか。


 第二王女フレイヤと第一王女アストレアは2才差ということらしいから、これがアストレアで間違いないだろうとリュージは確信しながらも、

 

「お前が第一王女アストレアだな?」


 念のために問いかけた。

 しかし、


「申し訳ありませぬアストレア様、賊の侵入を許してしまいした。どうやら我らの命運もこれまでのようです」


 アストレアは答えず、老執事もリュージの質問には答えずにアストレアに向かってそう言った。


「そのようですね」


「しかしこのセバスチャン=ベッテル、栄えあるアストレア様の護衛騎士として必ずや賊に一矢を報いてみせまするぞ」


の者の狙いはわたしでしょう。老い先短いあなたまで命を落とす必要はありません」


「いいえ、この身は既にアストレア様に捧げて果てると決めておりますゆえ」


「セバス……」


「では行ってまいります」


 若き王女と老執事。

 主従の心温まるやり取りの前に、完全に無視される形となっていたリュージが言った。


「あー、お取込みの最中悪いんだけど、俺の目的はアストレアを殺すことじゃない」


「くっ! 貴様、よもやアストレア様を死ぬよりひどい目にあわせるつもりか! この外道めが! 貴様のような不逞の輩は、かつて『騎士の中の騎士』という栄誉をさずかったこのセバスチャン=ベッテルが誅してくれるわ!」


 そう言うと、セバスチャンはスラリと流れるような動作で剣を抜いた。


「へー、やるじゃん」


 まるで息を吸うように慣れた様子で剣を抜いたこと。

 さらにはまったく隙のない構えから、若いころは相当の手練れだったことが、同じく凄腕の剣士であるリュージには見て取れた。


 セバスと呼ばれた老騎士が若かりし頃『騎士の中の騎士』と言われたことにも納得できるリュージだった。


 それでも筋力は見るからに衰えており、寄る年波には勝てないみたいだが。


「きぇぇぇぇいっ!」


 一瞬の静寂の後、セバスチャンが大声とともに剣を振り上げて斬りこんだ。

 

 そのまま一気に上段斬りでいくと見せかけて、しかしセバスチャンはフェイントと視線誘導をいくつもかけると、一瞬のうちに間合いを支配してから再度鋭く斬りこんでくる。


「ちっ、お前マジでやりやがるな!?」


 セバスチャンの熟練の技量に裏打ちされた、先の先をとる鮮烈な踏み込みに、リュージは思わず感心させられた。


 そうでなくともここは塔の最上階という狭い室内なのだ。

 剣をふるうだけでも並の剣士では一苦労という環境だった。


「賊め、覚悟っ!!」


 しかしリュージはその鋭い攻撃を難なくかわすと、


「しばらく寝てな」


 セバスチャンの後頭部を、刀を持っていない左手を手刀にして軽く叩いた。


「あぐ――っ、無念……アストレア、さま……」


 そしてそのたったの一撃で、セバスチャンは糸の切れた操り人形のように床に崩れ落ちたのだった。


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