第10話 試食会

前書き


 今回は軽い気持ちで読んでください。



「閣下は、大変食いしん坊であらせられる。なにしろ、成長期のままだからな。」


   出所不明、一説によると所属不明の帝国魔導士が自分の上官を指した言葉との事。なお、当該魔導士のその後の消息不明



 ザラマンダーエアサービス、その輸送会社は砂漠の中にあるにも拘らず社員食堂が充実していることで一部有名だった。だが、それには会社幹部の多大なる貢献あってのものであることを知るものは少ない。


「今日の試食会はグランツ課長も呼ばれたんですか?」


 そう尋ねてくるのは長く美しい金髪に整った顔、と言う典型的ともいえるロシア系の美人である。


「ええ、セレブリャコーフ少尉、いやセレブリャコーフさん。ヴァイス部長直々の呼び出しで・・・。中東からはるばる帰国しました。嫌な予感がしてなりませんよ」


 グランツは嫌な予感が外れてくれることを祈るが、戦場で研ぎ澄まされた感覚は、グランツに撤退することを勧めていた。


「まあ、社長は食べ物に関しては貪欲ですからね。いくら食べてもあのスタイルが維持できるのがうらやましいです」


 セレブリャコーフ女史は食事の内容より太ることを気にしている様だった。考えてみればあの社長と一番長く付き合っているのが彼女である。その胃の鉄壁ぶりはヴァイス部長ですら一目置いているほどであった。あんまり援護は期待できそうにない。


 セレブリャコーフ女史と話しながら試食会の場所である会議室に向かう。途中でヴァイス部長も合流する。


「流石はグランツ課長。敵前逃亡の重罪をよく認識しているようで何より」


「わざわざ自分を中東から呼び寄せるなんて、相当な難敵を予測されているようですね」


「うむ。社長が秋津島料理を好んでいるのは知っているだろう。今回は秋津島人の料理人を呼び寄せたみたいでね。しかも試食会には我が社の秋津島系移民まで招待するとの事だ。これで難敵を予測できないようなら、私はもはやこの世にはいないだろうな」


「それはまた・・・」

 ヴァイスとグランツは顔を見合わせ肩を落とす。正直、秋津島料理全般が苦手と言う訳ではなかったが、自分の食べなれた料理とあまりにも違いすぎて判断がしにくいのだ。

 むろんアルビオン連合王国の料理と比べれば雲泥の差があるのだが・・・。あれと勝負できるものは旧帝国軍参謀本部の食堂ぐらいしかあるまい。


 一方でセレブリャコーフはどんな料理が出てくるか楽しみだった。秋津島料理は低カロリーな上、繊細な味付けで、見た目も美しい為好きな方だった。


 3人が中に入るとすでに会議室は満杯である。暫くすると美しい銀髪をたなびかせて、我らが敬愛する社長が現れる。


「諸君。今回は食堂のメニューの為と言うより、秋津島の水産会社に投資をするか否かの参考のための試食会だ。諸君にはなじみのない料理もあるだろうが、忌憚のない意見を後でアンケートに書きたまえ」


 そう言って一番上座に座る。それと同時に次々に秋津島料理が運ばれてくる。秋津島関係者以外のものにとって最初から難敵だった


 ターシャ事、ターニャは今回の試食会が楽しみだった。何せこの国は素材をケチャップとソースでぐちゃぐちゃにする料理が多すぎるのだ。参謀本部の食堂よりはましだが、盛大にものを浪費しているとしか思えない。

 その点秋津島料理は前世で食べなれていたというのもあるが、繊細な味付けで、素材の味を生かしている。今回は投資を打診している会社が一流の料理人を手配してくれている。ターニャは大いに期待していた。


 ターニャの前に最初に運ばれてきた料理は刺身だった。冷凍ものとは言え、歯ごたえもしっかりしており、ここまで運んできたというのに、鮮度は失われていないようである。特にタコはぷりぷりしていて旨い。秋津島出張以外でこんなにうまいタコを食べたのは初めてではないだろうか。イルドアでもカルパッチョを食べたが、味が濃すぎてタコもマグロも同じ味しかしなかった。刺身の次は天ぷらである。これは秋津島以外では食べれないものだ、連合王国のフライドフィッシュと断じて同じと考えてはならない。

 次々に水産物を中心とした料理が運ばれてきて、最後に寿司が来る。ちゃんとした職人が握ったのであろう、その寿司はネタもシャリも輝いている様であり。食べてみると正しく前世でターニャが食べていた寿司の味がした。


 グランツは最初から躓いていた。いきなり生の魚である。どうやら、黒いソースと緑の調味料を付けて食べるらしい。生臭い香りをごまかすために、緑の調味料、ワサビと言うらしいが、それをたっぷり塗って、刺身を口に入れると、刺激が鼻から突き抜け思わずせき込む。

 それだけだったらまだ量を調整することで何とかなったが、あの吸盤がついているものはデビルフィッシュではなかろうか。生きている時の姿を思い出し、一気に食欲が減退する。グランツにとって最悪なことに、今回は大皿料理で好きなものを好きなだけ取るバイキング形式ではなく、秋津島でカイセキと言われる、個々に料理が用意されたものだった。

 横を見るとヴァイス部長も苦戦しているようだ。一方セレブリャコーフは社長と同じく苦もなく美味しそうに食べていた。流石は最も長く社長と付き合っている副官である、と改めて尊敬の念を抱く。


 試食会は秋津島系の社員には好評だった。この会社の冷凍技術が優れている証拠だろう。アフリカの西側で捕れたものだが、これなら秋津島まで運んでも売れるに違いない。もっとも前世の知識のおかげがあるのも間違いない事だが。


 その後、西アフリカ産の海産物は日本のみならず旧大陸にも輸出されるようになる。刺身はサシミ、寿司はスシとして合衆国や旧大陸でも受け入れられるようになり、日本食ブームが起きるのだが、そんな時が訪れようとはグランツはもちろんヴァイスにも夢にも思わなかった。

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