第9話 三枚舌外交の結果

「政治家が、いつ噓をついているか見破る方法を教えてあげよう。話をしている時さ」


   アルビオン連合王国のブラックジョークより



 アルビオン連合王国はかの大戦時、勝つ為にありとあらゆる方法を取ったと言っても良い。名高い三枚舌外交が代表だろう。それで大戦に勝つことができたと言えるが、戦後処理はアルビオン連合王国自身も苦しめることになる。


「マーマイトの味は連合王国人以外にはなかなか、なじめないようですな」


 砂漠の中にある。出来たばかりの航空運輸会社の応接室で若く美しい女性が、壮年の男性を迎えていた。


「全く持ってその通りです。どうせなら最後まで食べればよいものを、よりにもよって食べ残しをよこすとは・・・。ティクレティウスCEOならば解決方法をご存じないかと伺った次第です」


 女性の言葉に、全く持ってその通りと頷く男性はジョン・ドウという。カンパニーを代表しているともいえる人物である。

 アルビオン連合王国が大戦に勝つために勝手にアラブ人、ユダヤ人、フランソア人とした約束。それによって建国されたアズラエル共和国に伴う問題は、当の本人であるアルビオン連合王国の手にもあまり、とうとう投げ出してしまったのだ。

 投げ出した方は、それでいいかもしれないが、受け取った方はたまったものではない。一縷の望みを賭けてここにやってきたのだ。

 カンパニーきっての切れ者と言われる人物が、若い、それも士官学校出て間もないと思われるような年齢の女性に頭を下げて頼んでいるのだ、事情を知らないカンパニーの職員が見たら腰を抜かすに違いない。それとも自分の正気を疑うだろうか。


「ジョン・ドウ局長に申し上げるのは申し訳ないのですが、解決手段はありません。有るとすれば、もう一度世界大戦を起こすことですな。正直アルビオン連合王国と同じように放り投げることをお勧めします。何なら丸ごとコミー共に渡してしまった方が良いぐらいですよ」


 ターシャはジョン・ドウにそう告げる。どうせ解決できないのだ、丸ごとやったら内輪もめで盛大に自滅してくれるに違いない。もしかして誰もそこにいなくなる可能性もある。資本主義国家では考えられないことをやるのがコミー共なのだから。民族浄化、丸ごと移住などお手の物である。

 そうなったら、そこにまた新たに国家を建設させれば今よりましになるかもしれない。案外悪くない考えのように思えた。何しろコミーが苦しむ姿を他人事で見られるのだから。前世ではどちらかというと逆だったが・・・。まあ、その場合スエーズ運河のみは確保する必要があるだろう。

 そう言ってコーヒーの香りを楽しみながら飲む彼女の姿は、まるで一枚の絵のように美しい。だが正体を知っている男にとっては、死を告げる悪魔の美しさだった。女性の言葉はカンパニーにとって死を告げられたに等しい。大戦をもう一度起こすことはできない、つまりは解決不能と言う事なのだ。

 目の前の化物以上の存在が現れれば話は別なのだろう。だがそんな化物と付き合うのはジョン・ドウは死んでもご免だった。


「しかし、ティクレティウスCEOのお力をもってすれば、アズラエル共和国を存続させることは可能なのではないですかな。幸いにして周辺国家は石油以外には大して資源もありませんし、その石油すら国際石油資本が握っている状態です。カンパニーの分析ではアラブ諸国が先に音を上げると判断しています」


 自分でも、もはや信じていないことを口にしなければいけない苦悩は、体験した事の無い者には分かるまい。ましてや、尻で椅子を磨いて戦略分析などやっている連中には絶対に分からないだろう。

 目の前の化物が無理と言ったら無理なのだ。兵站不足の北方で、灼熱の南方で、砲弾に耕しつくされたラインの西方で、凍える寒さの東方で、ありとあらゆる戦場で、戦場盤ごとひっくり返し、不可能を可能としてきた人物が不可能というのだ。それはある意味、神の啓示に等しい。いや、悪魔の予言か。


「むろん、存続させることは可能です。それ相応の対価は頂きますが。ですが、それは問題の解決にはなりません。周辺諸国は今は猫に対するネズミでしょう。ですが、ネズミはいつまでもネズミでいるとは限りません。長期の案件になりかねませんが、それでもよろしいのですか?」


 ターシャは純粋に合衆国を心配して答える。ここにいるのが、色々と便宜を図ってくれたジョン・ドウ氏というのもある。アズラエル共和国は合衆国の援助がある限り、持ちこたえることは分かっている。長期の良い顧客になるはずである。だから、先ほどの言葉は珍しく本心からの善意だった。


「それで充分です。後は政治家共の仕事でしょうな。ところで、なぜティクレティウスCEOは勝てるのに、問題解決は不可能と思われるのですかな。差し支えなければ教えて頂いても?」


 取りあえず、最悪である依頼が拒否される、ということが避けられたジョン・ドウは少し気が軽くなってそう尋ねる。


「ああ、貴国は勝利しか知らないのでしたなぁ。私はこれでも人より実戦を多く経験したと自負しております。北方で、南方で、西方で、東方で、本土で、ありとあらゆる戦場で、私と私の部隊は常に勝利を収めてきました。戦場の勝利が、最終的な勝利となるのでしたら、今頃私は帝国の退役軍人として、優雅な年金暮らしをやっていたやもしれませんな」


 ターシャがぼやくように言う。ターシャが元帝国軍人、ターニャ・フォン・デグレチャフであることは極秘中の極秘である。目の前の男はその秘密を知る数少ない男であった。しかも、ターニャは浅からぬ中だと思っている。なので、本来は口に出すのははばかれる事をつい言ってしまった。ただ、本人にとってはちょっと愚痴を言った程度の認識である。

 ターニャにとっては単なるぼやき、しかし、聞いた方にとっては衝撃をもって受け止められる。確かに目の前の化物は勝ち続けてきた。だが最後に立っていたのは帝国ではなく、合衆国だった。それは戦場で勝ったから?いや、兵站で勝っていたからだ。

 アズラエル共和国が存続する間ずっと合衆国の兵站が削られる、と目の前の化物は言っているのだ。それはつまり合衆国のリソースがそれだけ減ると言う事に他ならない。それは許容できる範囲なのだろうか。

 そこまで考えて、ジョン・ドウは考えるのをやめた。ともかく、彼女に政治的な助力をカンパニーは求めているわけではない。そして戦場での勝利は依頼を受けてくれる以上確実だ。長期案件になるというのが、難点だが、裏を返せば長期に渡ってカンパニーと契約してくれる、つまりは暫くの間、彼女の銃口がこちらを向く事は無い、と言う事だ。今はそれで良しとしよう。


 その後、中東諸国が石油の産出量でカルテルを組み、国際石油資本から価格決定の主導権を奪ったとき、なぜもっとあの時話しておかなかったのかジョン・ドウは悔やむことになる。そして、オイルショック時ザラマンダー信託投資組合が先物買いで大儲けをしていたと聞いた時、ショックで倒れ病院に運ばれることになった。

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