第40話:第8章③信じている




 僕は悪魔の世界に戻った。


 先生からは、よくやった、と言われた。


 僕は当たり前だと思いながら聞いていた。


 そう、僕くらいの優等生なら、悪魔の契約という課題の1つくらい簡単なものだ。あんな小娘1人くらい、安いものだ。僕はそう思いながら、心から彼女が消えることはなかった。いつまでも記憶の中に彼女はいた。


「ちょっと来なさい」


 後日に僕は先生に呼ばれた。


「困ったことが起きた」


「困ったこととは?」


 困った顔の先生。本当に困っていた。


「君が魂を取った人がいるだろ?」


「はい」


「あの子の願いが、少し難しいんだ?」


「どういうことです?」


 僕も困った。


「いつまでも一緒にいますように、っていう願いのせいで、いつまでも魂が取れないんだ」


「どうしてですか?」


「あの人間の魂が、いつまでも君から離れない。要するに、取ることができないんだ」


「矛盾ですか?」


「そうだな。魂を奪うつもりなのに、魂を奪えない願いをされたらどうしようもない」


「それで、僕にどうしろと?」


 先生は持っていた資料を開いた。


「これは、まぁ、前例がないというわけではない。マニュアルがある」


 マニュアルがあるんだとマニュアルのように思った。


「どうしたらいいんですか?」


「主に2つある。1つ目は、あの子の願いをキャンセルすることだ。そして、魂を元に戻すんだ」


「クーリングオフみたいなことですか?」


「そういうイメージで結構だ」


 いいんだ。少しボケたつもりなのに。


「それで、2つ目は?」


「新しく契約することだ」


「新しく……」


 僕は餅のように言葉が詰まった。


「この契約が成り立つように、もう一つの願い事をするんだ」


「それは、具体的にどうするのですか?」


 僕の質問に先生はひと呼吸。


「君には、人間になってもらう」


「……はい!?」


 僕は驚き、餅をつまらせたように呼吸できなかった。


「どうしてですか?」


「君とあの子の問題だ。そして、彼女の願いは既に叶えてしまった。あとは君の願い事で何とかするしかないだろ?周りを巻き込むな」


 いや、まぁ、言っていることはごもっとものような気がするが……えぇ?


「それから、人間になるにあたって、ここでの記憶は消させてもらう。情報漏えいを防ぐためにな」


 僕の反応を無視して話を続けている。


 あれ? なんか人間になる流れ?


「だから、頑張れよ。先生は応援しているぞ」


 そう力強く肩を持たれても、えぇ?


「ちょっ、まだ人間になるとは……」


 そして、有無を言わさず僕の周りにオーロラのような光が煌めいた。


「ちょちょちょ」


 光のブラックホールが僕を吸い寄せた。先生はいつの間にか僕から手を離し、巣立っていく生徒を見送る先生みたいになっていた。


 僕は吸い込まれる最中、眩しい光の向こうから人を見た。そこには彼女がいた。ポニーテールの彼女。魂の具現化。


 周りが白いモヤみたいなものに覆われている彼女は、ガンダムのニュータイプ同士の謎空間での会話のような世界に僕を誘導した。


 僕は、その再会の時に確信した。


 僕もこの子のことが好きだったんだと。


「頑張ってね」


 彼女からのその言葉を聞いて、僕は決心した。


「ごめんね。僕のせいで。だから、僕が君を救うよ」


「こっちこそごめんね。でも、できる限りの応援はするよ」


 彼女は笑顔で泣いていた。


「ありがとう。君の応援があれば、僕は頑張れるよ」


「いいえ。ごめんね。あたしのせいで。本当は一緒に頑張りたいんだけど、今のあたしには……」


 彼女は言葉を詰まらせたが、涙とともに出した。


「応援するしかないもんね」


 僕は声を出そうと思ったが、もう声が出なかった。


 顔まで光に飲み込まれていた。


 その中、消えゆく中、聞こえてくる彼女の声。


「信じている」





 ――


 僕は意識を戻した。


 風斗と琉音が心配そうに駆け寄る中、メフィスの姿はなかった。


 僕はあの時、満足してしまった。自分の願いを叶えてしまった。


 そして、その願いは、矛盾を解消するものではなかったらしい。

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