第38話:第8章①12年前





 12年前。


 僕は悪魔の子だった。


 人間と契約して魂を食らう悪魔の子だった。


 悪魔の世界の僕は親の教育もあって、優等生だった。といっても、幼児範囲の話である。神童として地元の有名幼稚園に入園したはいいものも、もっと優秀な悪魔たちと知り合った。その悪魔たちと一緒にいることは楽しかったが、どうしてもその悪魔たちには勝てないと思った。勉強・運動・性格、全てが桁違いだった。


 僕は落ちこぼれた。そして、彼らと違う小学校に入学した。いや、同じ小学校に合格できなかった。


 僕はその小学校でも頑張っていこうと思っていたが、周りの悪魔たちと会話が合わなかった。口で説明するのは難しいが、紋切り型のありきたりな会話しかできない奴らだ。言動の理由を聞いたら、みんなが言っていたと言ってくるが、少なくても僕は言っていないぞ。先生が言っていたというが、死ねと言われたら死ぬのか?楽しいから言うが、お前の価値観を押し付けるな。でも、それらはまだマシなほうだ。理由すら言えない奴らが殆どだ。そして成績、勉強・運動・性格、全てが桁違いに低かった。こんなにダメな奴らがこの世に存在したんだ。僕は天国から地獄に堕ちたようだった。


 学校の授業で職業体験があった。悪魔の仕事の中に、人間と契約を結んで魂を喰らうことがある。小学生でもそれをやる。まぁ、悪魔からすれば、人間が芋を収穫したりお米を研いだり卵を割るのと同じようなものだ。僕もほかの悪魔と同じように、人間に契約を持ちかけようとした。そう思っていたちょうどその時、僕は人間界に召喚された。誰かが悪魔召喚の本を開いてしまったらしい。残念なやつめ。


「わしを呼び出したのはお前か。よろしい。では、どんな願いでも1つだけ叶えてやろう。さあ、遠慮せずとも……」


 本は閉じられた。


「……え?」


 僕は驚いた。出鼻をへし折られた。ピノキオだったら喜ぶべきことだろうか?


 僕は頭が真っ白になった。本の世界は真っ黒だった。


 僕はエヴァンゲリオンのアニメの最終回の主人公のようにクヨクヨとしていた。


 と、再び召喚された。


「なんで本を閉じたんだ……」


「信じられない信じられない信じられない」


 僕が怒り散らそうとしたら、向こうが喜び散らしていた。


 飛び込んげくる唾の向こうから見えてくるのは、自分と同じ年頃の女の子の好奇心の目だった。そして、ポニーテールを犬の尻尾のようにフリフリさせたその顔は愛くるしいものだった。僕はその赤い頬の暖かさを感じた。


「本当に信じられない」


「な、何が信じられないんだ?」


「だって、本から人が出てきたんだよ。すごーい」


 まぁ、たしかにそう言われたら信じられないな。要するにあれだ、テレビを初めて見た人の反応か。僕もテレビに映る人が細いケーブルの中を伝ってきたと勘違いするくらいの驚きを持った。


「すごいだろ。僕……わしの力を持ってしたら、これくらい朝飯前だ」


「あははは。何その言い方」


 また笑い始めた。


「何がおかしい!」


「だって、老人みたいな話し方をするんだもの」


 僕はサメのように歯をむきだして威嚇したが、彼女が笑う姿を見て徐々に自分が恥ずかしくなり、返り血のように頬を赤くした。


「うるさい。もういい」


 僕は腹たったから、後ろを向いた。彼女の顔も見たくなかった。


「ちょっとー、なにしてんの?ねぇったら」


 そんなことをグチグチ言いながら、僕の後ろでモグラ叩きのモグラのようにヒョコヒョコ動いていることが、影の動きで分かった。


 僕は憮然とした態度で無視し続けた。口なんか聞いてやんないぞ。


 すると、声も影もなくなった。諦めたか?


「カンチョー!」


「!!!」


 僕は脳天からウルトラマンセブンのアイスラッガーが出そうな衝撃を受けた。


「……」


 僕は悶絶しながら、ぴょんぴょんとうさぎのごとく跳ねた。


「やーい、やーい。無視するからだよー」


 ぴょんぴょんとうさぎのように跳ねながらはやしたてる彼女。僕は虎のように追いかけ始めた。


 そこは公園だった。今となっては危険ということで撤去された回転遊具が真ん中に王様のようにデンっと仁王立ちしていた。その周りを僕たちはくるくる回していた。観覧車かコーヒーカップかメリーゴーランドか、いつしかキャッキャウフフしていた。


 ブランコ、滑り台、シーソー、……


 僕は幼稚園児以来に遊具で遊んだ。


「ねぇ」


「なーに?」


 僕たちは平行棒に仲良く腰掛けていた。


 僕の黒い衣服はどうとでもないが、彼女の白いワンピースは泥や塗料で汚れきっていた。


「服そんなに汚して怒られないの?」


 その質問に、うーん、とタコみたいな顔で考えた彼女は答えた。


「怒られるかも。あはははは」


 ノー天気に笑っていた。


「というか、僕と遊んでいて大丈夫なの?」


「どうして? 別に怪しい人ではないでしょ?」


「いや、どう考えても怪しいだろ? 本から出てきたんだよ? もはや人かどうかすら怪しいよ?」


 僕の質問に、再びタコのような顔。


「本当だ! 怪しい」


 彼女はバカみたいに怪しがった。


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