第36話:第7章⑥気楽な世界

 ――


「えぇ! 信じられない信じられない信じられない」


 僕の発言を聞いて、例のごとくメフィスは列挙した。


「本当だ。信じてくれ」


 僕は変に落ち着いて諭した。もう少し頭がポーっとすると思ったがそれは少女漫画特有の過大表現なんだなぁと分析するくらいには落ち着いていた。


「嘘でしょ? 信じられない」


 対照的に落ち着かないメフィス。少女漫画の世界から抜け出したキャラクターのような反応だ、こいつは。


「うそじゃない。僕も今気づいた」


「……今?」


「そうだ、今だ」


 一目惚れだったのか、徐々に好きになったのかはわからない。


 期間が短すぎるから、一目惚れの可能性は高い。しかし、あの最初の出会いは衝撃的ではあったが、最高でも最悪でもない。それで一目惚れになるのだろうか?


 徐々に好きになるにしても、どのポイントで好きになっていったのだろうか?知らないうちになるものどろうか?


 とても絵映えする展開ではないが、現実はそういうものだろうか?映画などのような衝撃的な展開なんかなく、淡々と好きになるものか。


「でも、あたし、悪魔なんだよ?」


 メフィスは落ち着きなく涙目で視線を外した。


「でも、もう今は人間なんだろ?」


 僕は一歩前に出た。


 僕は思い出した。よく考えたら元悪魔との恋愛なんか、非現実的すぎる漫画みたいな衝撃的な展開だと。


「でも、あたし、風斗があんたを好きなことを盗み聞きした悪い人だよ」


 僕から離れるように一歩下がる。


「大丈夫だ。僕も盗み聞きした」


「……ちょっ! えぇっ!!」


 僕たちの発言を聞いて風斗は打ち上げロケットのように2段階に驚いて恥ずかしがっていた。目の開き、腕の動き、声の大きさ、どれをとっても綺麗な2段階だった。しかし、空気を読んですぐに正常状態のロケットのごとく静かになった。


 琉音はずーっと静観していた。


「あたし、琉音の気持ちもわかっていた。でも、風斗の気持ちを優先してしまった悪い人よ」


「そんなことは……」


「――それはひどいヴぁ」


 風斗が琉音の口を高速ロケットの勢いで塞いだ。その顔は、いい加減空気を読めと言いたそうなのを取り繕うとしてなる般若のおかめさんバージョンといったところか。


「……んんっ! そんなことはない」


 なかったことにした。


 僕は仕切り直した。


「結局、2人の邪魔をしたの。あたしは悪い人なの」


 メフィスも合わせて、なかったことにした。


 でも、空気感がだいぶゆるくなってしまった。もう一度仕切り直し。


「んっ! メフィスは悪い人ではないよ」


「そんにゃこちょいわれても」


「んっ! そんなこというよ」


「でもでもも、あのの、あれ」


「んっ! あれか。そうだあれだ」


「そそそ、そうだね、あれれれ」


 互いに体が震えてきた。


 僕は口元が60過ぎたババアみたいに波打っていた。


 メフィスの涙は乾燥機に入れられたかのように乾いていた。


 互いに勘付いてしまった。――真面目な空気ではなくなったことを。


 僕はなんかもうおかしかった。口元から笑い声を吹き出した。


 メフィスは目から新たに涙を出した。それは、笑い涙だった。


「あんた、さっきから、んっ! んっ! ってうるさいよ」


「お前こそ、噛みすぎだろ。どうなってんねん」


 互いに口を抑え、涙を拭った。


 いつもの僕たちのように、気楽な世界になった。


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