第34話:第7章④どいてくれ
「メフィス。私、自分のことしか考えていなかった。自分の好きな気持ち、恋敵を憎む気持ち、相手の無関心を苛立つ気持ち、自分の気持ちばかりだった」
「――私も。相手のことを考えていなかった。一方的に告白して、一方的に助言して、一方的に行動した」
「ぐすっ、ぐすっ」
「だから、泣かないで」
「――それ、さっき私が言った」
「いや、それ今この雰囲気で言う?」
「――でも、本当のこと」
「だからといってよ。少しは空気を読んで」
「――どう読めばいいの。どれが窒素でどれが酸素でどれが二酸化炭素なの」
「あんたって、ほんと腹立つわね。今まで言わなかったけど」
「――でも、目では言っていた」
「ああ言えばこう言うのね。いい加減にしなさい」
「――ああだこうだと言っているのは君よ。それに、加減はしている」
「あぁ、もういい。ほんっとあなたは!」
「――何よ? やるの?」
「……あはははははは!!!」
暗雲立ち込める中、太陽のように青天井な笑い声がした。
メフィスが笑う。その目には天の恵みのように水分が流れており、それが伝う頬のシワは大地に耕された田畑のように生気を帯び、辿り着く口は全ての悲しみを覆ってくれる大海のように厳かに存在していた。
まるで、光が差してきたようだった。
「あははは! なんでこんなタイミングで喧嘩するの? あはははは! バカじゃないの? あはははは!」
その声に風斗と琉音はキョトンとした。先程まで戦っていたのが知らないところで急に上司が同盟を組んだ情報が届いた前線の戦士のようだった。2人は互いに顔を見合わせて、自然と祝杯の宴を上げているかのような笑顔になった。
「ふふふふ。たしかに、何故このタイミングで喧嘩しそうになっているのかしら。馬鹿ねわたしたち。ふふふふ」
「――そうね……馬鹿ね……タイミングが……」
風斗は手で笑う口を隠して、琉音は体を震わせていた。
メフィスは相変わらず少年漫画の主人公のようにバカ笑いしていた。
3人は天使の微笑みのように見えた。
「あははは。あは。はぁー」
メフィスは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を落ち着かせた。
「でも、よかった。2人が仲良くなって。もしこのまま仲が悪くなったら、あたし、どうしようかと思ったの。この世界での友達だもん」
あくびのごとく笑いが伝播するように、落ち着きも伝播する。
2人は共に笑いを落ち着かせていた。
「私も、高校以来の友達だから仲直りできて嬉しいぞ。なんて言ったって、大学では本音で言い合うことができる友達がいなかったから」
「――わたしも。友達がいなかった。だから、仲直りできて嬉しかった」
2人の言葉を聞いて、メフィスは再び滝のように顔から出る液体を勢いよく出した。それは下流に流れる川のように下まで到達する勢いだった。
「よかった。本当に良かったよー」
そう言ってメフィスは2人を抱き寄せた。
僕から見たら大げさに見えることかもしれないが、当人たちからしたら大学講義履修より重要なことかもしれない。いや、講義履修は人によっては全く重要でない場合もあるから、しっくりこないな。うーん、まぁ、いっか。
3人が仲良くなったことに比べたら、大した問題ではない。3人ともいい笑顔だった。見ていうこちらが笑顔になりそうだ。
「これからもよろしくね」
「――ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」
「あははは。何よその言葉」
泣いた涙、笑った涙、いろいろな涙が彼女たちを目を赤く充血させ、目の下を隈が黒くなっているのを分からなくするくらい腫らしていた。
おそらく、みんな寝ていなかったのだろう。それくらい3人の仲違いは各々を悩ませたのだろう。だから、目の下に隈ができたのだろう。でも、その悩みが解決したのだろう。だから目の下を腫らしているのだろう。
いい話だ。
本当にいい話だ
いい話になっているけど、そろそろ上からどいてくれ、重い。
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