第33話:第7章③離す離さない

「ついているから」


「一目惚れよ」


「譲れない」


 目が覚めた。


 僕は何かを思い出していた。万華鏡のように不安定な光の中見た光景は僕を不安にさせた。先ほどの不安定な声の主は誰だろうか?


 頭が二日酔いのようにガンガン痛かった。首も寝違えたように痛かった。足もムチ打ちのように痛かった。


 あれ? 痛い?


「いたたたたたた!」


 僕はハンモックのように宙に浮いていた。頭と足を誰かに持たれている状況で、首と足が引っ張られていた。


「離しなさいよ」


「――そっちこそ」


 風斗と琉音の声……だと思う。


 おそらく2人で引っ張っているのだろう、綱引きのごとく。


 なんか、あれだ、あの、腰が取れそうだ。首とか足が痛いとかどうでもよく、腰の関節が浮いているような変な感覚だ。


「2人ともやめなよ」


 メフィス……かな? この声は。


 仲裁してくれようとしているのだろう、悪魔なのに。


 お奉行が実の母親を名乗る2人の者が子供を取り合う時代劇のシーンを思い出した。あれはたしか、本物の母親が痛がる子供をかわいそうに思い手を離したら、そっちのほうが子供のへの愛があるということで本物の母親だと判明する話だった。


 これも、先に僕を離すほうが僕に対して本当の愛があるということだろう。どちらが先に手を離すか気になるところだ。





 ――10分後


「いい加減離しなさいよ」


「――そっちこそ離しなさいよ」


 どっちも離せよ。


 僕はもう伸びきっているんだよ。伸びきったカップ麺だよ。3分なんかとうの昔に過ぎたんだよ。途中から長いから時間をカウントしたら、6分はあったぞ。カップ麺2回作れるぞ? 3つ目作ってやろうか?


 そしてメフィスお奉行、途中から声が聞こえなくなったぞ。飽きたか? 止めてくれよこの2人を。


 と、僕のお腹の上に何かがあたった。


 僕は無防備だったお腹に空洞を反響するような痛みの感覚を覚えるや否や、伸びきった腰がくの字に折れて老朽化した洗濯バサミのようにひび割れた感覚に襲われるや否や、地面に叩き疲れる洗濯物のように泥が背中を覆う感覚に襲われた。


 叩きつけるように僕の腹の上に重みと衝撃が来て、僕は体の空気を全て外に押し出されるかと思った。眼球・鼻水・毛穴の汚れ、全てが飛び出そうだった。


「いったー!」


 僕の腹の上の物体はそう言うがこっちのセリフだと言いたいが、その元気は体の外に飛び出てしまった。


「ちょっと、何するのだ、メフィス」


「――そうよ、邪魔しないで」


 空を隠す月のように見下げてくる2人に対して、対空撃兵器のように見上げて唾を飛ばすメフィス。


「2人とも、間違っているよ。そんなに引っ張ったら、かわいそうじゃない。自分のことばかりじゃなく、相手のことも考えてあげてよ!」


 その言葉は僕の心の深くに不覚にも沈んでいった。


 2人は撃墜されたかのように、沈黙を続けた。


「2人とも、どうしたの?なんか言いたいことあるの?あたし何か間違っている?間違っているんだったら直すから何か言って!」


 その声は爆撃機のように大きく聞こえた。


 2人は対照的に夜の浜辺のように静かだった。


「2人とも、黙っていたらわからないじゃない。何か言ってよ。ねぇ、何か言ってよ。何か言ってよ。ねぇったら……」


 夜の波の音のように静かに聞こえる声が消えていく。


 2人にもその声は、顔を深く沈んでいったものだった。


「メフィス、ごめん。私、間違っていた」


「――私も。だから泣かないで」


 2人は同じタイミングでメフィスと視線を同じにした。


 さっきまでのギクシャクのバラバラが嘘のように熟練のシンクロナイトスイミングのペアのように息がぴったりになっていた。


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