第29話:第6章④どちらを選ぶの?

「それで、この2人が何を話していたの?」


「「ひぃー」」


 安堵から恐怖、ジェットコースターのように動く状況と感情で、僕たちは思わず声を出してしまった。


「――忘れた」


 お前はマイペースだな。観覧車か!


「まぁ、それはどうでもいいわ。それよりも、何のようなの?用があるから追いかけてきたんでしょ」


 こちらを向いた。


「あぁ、それは……」


「――風斗さんがオシャレしたことに気付かなかったから謝りに来たのよ」


 ちょっ、お前が言うな。


「へぇー、それはそれはわざわざご丁寧に、ありがとうございます」


 詐欺師が相手を騙す前みたいなくらいの今まで見たことがない笑顔が怖かった。


「いや、まぁ、似合っているよ。ごめん」


「いいえ。その気持ちだけで十分です。だからもういいかしら。これから授業に出ようと思うのです」


 なんで敬語? 怒っていない?


「うん、まぁ、授業頑張って」


「ありがとうございます。では、ごきげんよう」


 そう言うと教室に入っていった。教室の中からボクサーのパンチのようにかばんを机に叩きつける音がした。響く響く響くよこれが。


「――怒っていたね」


「お前のせいだよ」


 顔にシワ一つ作らない琉音に対して、僕は眉間にしわを寄せた。


「――どうして?」


「僕が謝ることは、僕から言う必要があったんだ。他の人から言われたら、悪いと思っていることが伝わらない。周りから説得されて渋々謝っているだけかもしれない。それなのに、君が言うからややこしいことになった」


「――良かれと思って」


「気持ちはうれしいが、どうして僕のために」


「――君のことが好きだから」


 ストレートな発言に僕の顔が赤くなった。まるで顔面にボクサーの右ストレートを受けたような気分だった。こいつ、僕の服を摘んだりはっきりと告白してきたり、意外と行動的だな。


「ええええ?琉音も好きなの?」


 メフィスは顔を両手で覆いながら動揺していた。


「え?」


「――メフィスさんも?」


 僕たちも動揺した。


「えええ? あたし? 違うよ、あたしじゃないよ。風斗だよ……あっ」


 メフィスは一手遅れて手で口を塞いだ。


「は?」


「――風斗さんも?」


 余りにも綺麗に自爆したメフィスに対して僕は隠し事を言うのはやめておこうと思った。まぁ、それはさておき、こいつは風斗が僕のことを好きなことをなぜ知っているのだろうか? 僕はたまたま風斗の独り言を聞いて知った。こいつも聞いてしまったのか? というのも、ガールズトークで言ったとも思えない。なぜなら、琉音はそのことを知らない感じだったからだ。少なくとも確証はなかったようだ。根拠として、あの無表情の琉音が少し顔を動かした。


「あわわわ。このことは内緒だよ」


 子供のように体面を取り繕うとするメフィスだが、誰に内緒するんだよ。当事者に聞こえているんだよ。でも、合わせたほうがよさそうだ。


「そうだな。風斗には内緒だ」


「そ、そうそう。風斗さんにはバレたことは内緒。うんうん。」


 なんかメフィスは納得した風に頷いた。キツツキくらい早い頷きは首に悪いと思ったが、悪魔だからこんなものだろうと勝手に思った。


「――何故秘密にするの?」


 琉音から出る疑問がメフィスの頷きを止めた。


 僕はやれやれ系男子のようにやれやれと答えた。


「やれやれ、そんなこと決まっているじゃないか。恥ずかしいからだよ」


 琉音は潜水艦のようにいつもより長く沈黙した。


「――――でも、好きならはっきりと言ったほうがいい」


「そうかもしれないが、それができたら苦労しないんだ」


「――どうして? それくらいできるでしょ?」


 こいつ、飄々とした顔で天才が凡人の気持ちが分からないみたいなことを言いやがって。


「君な、少しは人の気持ちを……」


「琉音さんだって、早く話すことはできないでしょ?それと同じだよ」


 メフィスは勢いよく会話に入ってきた。


 ナイスフォロー。初めて助かった。


「――なるほど、そうね。難しい」


 表情からはわからないが、おそらく本当にわかったのだろう。たぶん。


「わかったようだね。よかった」


「――でも、1つわからないことがあるわ」


「なんだい、それは?」


 僕は首をかしげながら、どうせ単純な人間の気持ちがわからないのだろうとタカをくくっていた。これだから、人の気持ちがわからないやつは、まったく。


「――君は私と風斗さんのどちらを選ぶの?」

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