第28話:第6章③怒っている
「風斗―!」
講堂にフラーっと入りかける風斗は、僕の呼びかけに立ち止まった。そんな彼女は長い髪の毛を風に揺らしながら、見返り美人のようにきらびやかに振返った。そして、凛とした声で返事してくれた。
「どうしたの……ふぁふぁふぁー!!!」
僕が琉音をお姫様だっこしてメフィスに尻を叩かれながら走っている姿を見て、風斗は気が抜けた声を出した。
――
「はぁはぁ、待ってくれて、はぁはぁ、ありがとう」
僕は子供の運動会の出し物で久しぶりに走ったお父さんのように息が上がった。事実、高校卒業してからまともに走っていない。
「それよりも、びっくりしたぞ。何なんだそれは」
威勢を張るというか凛とした時は男口調になる風斗が男口調を保ちながら指摘してきたことは、僕たちの状況だ。
「これは、こいつが服を離さないから、担ぐしかなくって、それをしたら、こいつがダメだって、止めようとしてきて」
息を切らしながら説明を切らし切らしする僕を、風斗は腕組しながらカエルを見る蛇のように威圧して睨んできた。
「ところで、いつまでだっこしているの?」
風斗の目線に釣られて僕は、釣り上げた魚のように大事に抱えている琉音に目線がいった。
「わっわわ」
僕は慌てて手を離すと、琉音は器用に屈伸しながら着地した。
「――危ないわね」
「す、すまん」
琉音は立ち上がるやいなや、赤ん坊のように僕の服を掴んだ。
「……なによ、その手は?」
「――何でもないわ」
風斗と琉音は声が少し低かった。あれ? テンションが低い? 僕は風斗のオシャレを褒めに来ただけなのに、そんな雰囲気じゃない。あれ?
風斗と琉音は、龍と虎のようににらみ合っていた。
「(ちょっとちょっとちょっと)」
メフィスの小声で耳打ち。
「(なんだよ?)」
「(そんな状況で行ってもダメに決まっているじゃない)」
「(どうしてだよ?)」
「(あのね、どこの世界に女性を侍らした人に褒めてもらってうれしい女の子がいますか?)」
「(は? 僕は女性を侍らしてなんか)」
「(あんたがそのつもりでなくても、そう見えるの)」
「(はぁ? そんなの僕のせいじゃないし)」
「(いーえ、あんたのせいです。お姫様だっこなんかして、確実にあんたのせいですー)」
「(っ! だったら止めてくれよ)」
「(止めようとしたじゃない。お尻パンパン叩いたじゃない。それで止まらなかったじゃない)」
「(あれ、止めていたの? ゴーゴーと押してくれたんじゃないの?)」
「(そんなわけ無いでしょ? どうしてそんな間違いするの? 止めって、って声にも出したのに)」
「(聞こえなかったぞ。もっと大声で言えよ)」
「(なに人のせいにしているの?あんたが悪いんでしょ?)」
「(何を?)」
「(何よ?)」
僕とメフィスは子犬と子猫のようににらみ合った。
「……そっちの2人は何しているの?」
風斗は待てを長い間させられている犬のようにイライラした目で見てきた。僕たちはとっさに笑顔で首を振って何もないアピール。
「――聞こえていたわ。この2人は……」
「あなたには聞いていない!」
琉音のコトバを風斗は鋭い刀みたいに遮った。
「わたしはこっちの2人に聞いているの。あなたには聞いていないわ!」
声が荒かった。
言われている琉音はなんてことのない顔をしていたが、横に居る僕たちはビビり散らしていた。
「――何を怒っているの?」
琉音はマイペースに淡々と質問した。
「あなた、マイペースに淡々と話のね」
あっ、同じこと思っていたんだ。
「――それよりも、なんで怒っているの?」
「それよりも、その手を話しなさい」
風斗は僕の服を掴む琉音の手を針のように指さした。
「――なんで?」
「人に聞く態度じゃないでしょ?」
「――本当にそれが理由?」
「何よ。離さないの」
あわわわ、琉音よ、お願いだから風斗の言うことを聞いてくれ、こわいよー。僕は横で流しているメフィスと一緒に汗を流しながら心で祈っていた。以心伝心というわけではないが、おそらくメフィスも同じことを考えているはずだ。
「――わかったわ」
琉音が手を離した。
僕は恐怖が減る安堵と女性から手を離された悲しさでプラスマイナス0の感情になった自分が薄情だと思った。
横のメフィスは晴れやかな表情で明らかに安堵100パーセントだった。というか、こいつを悪魔100パーセントにするのを忘れていた。
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