第18話:第4章②真面目

「すみませんでした」


 風斗が土下座していた。


「べ、別にいいって」


「いえ、ほんとーにすみませんでした」


 さらに深く土下座。


「気にしていないって、だから、だから、……土下座はやめてー!」


 僕たちの周りに人が群がっていた。なんとも奇妙な光景、痴話喧嘩、見世物小屋。土下座をしている女性と土下座をさせている男性。漫画の世界みたいだ。


「おー、漫画の世界みたい」


 メフィスは少年漫画の主人公のようにワクワクしていた。僕はこいつと同じことを思ったことが恥ずかしかった。


「――主役がいい」


 漫画の主役を狙う物が1名。こいつと知り合いなことが恥ずかしい。


「許してください。すみませんでした」


 土下座をするのはやめてください。周りの目が痛いんです。許してください。すみませんでした。


「あの、本当に大丈夫だから、土下座はやめて」


 僕は倒れた姫に手を差し出す王子のように風斗の手を取って無理やり立たせた。これ以上土下座させたら、僕の人としての権利は失墜する。


 と、立ち上がる時によろめいた。これは、漫画とかであるラッキースケベの前兆?もし実際にラッキースケベになったら、僕の人権は終わるー、と思いながらも内心期待している自分がイヤだ。


 あぁ、風斗の艶かしい唇、豊満な胸、いい匂いの髪の毛。それらが僕のところに倒れてくる。もう、権利もなにもどうでもいい。倒れてこい!





「ふぅー、危なかった」


 僕の仰向けのお腹の上に片足を底なし沼くらい踏み込んだ風斗が額の汗を拭いていた。


「ど、どいてくれ……」


 僕は底なし沼に顔まではまってしまったくらい呼吸ができなかった。


「おい、どうしてそこに!」


「君が……蹴飛ばして……踏みつけて」


「そうか、それはすまない」


「べ、べつに……いいよ」


「そうか。やさしいな」


「とりあえず……その足をどけて」


 底なし沼のように終が見えない会話を無理やり終わらせて、足をどけてもらった。人によってはこういうことをされて喜ぶらしいが、僕にはそういう趣味はないらしい。そういう深い世界に入らなくてよかった。


「かえすがえす、すまな……」


 再び土下座をしようとした風斗を僕は止めた。必死に止めた。いろいろな意味で必死に止めた。


「土下座はやめて」


「ああ、そうだったな」


「とにかくだ。さっき説明したとおり、僕とメフィスとの間には何もなかった。わかってくれたか?」


「ええ、良かったわ」


 風斗は髪の毛を指でくるくる回しながら呟いた。


「良かった?」


 僕は謎謎の答えがわからない少年のように首をかしげた。


「いいえ、こっちの話」


 謎謎の答えを言ってしまいそうになったような慌て方だった。


「何が良かったんだ?」


 僕はせめてヒントだけでも欲しい子供のように聞いた。


「ううん。秘密よ。ひ・み・つ」


 彼女は顔を赤くして汗をかいていた。これ以上聞くのはミステリー作品における犯人と決めつけて聞きすぎて怒らせる展開に似ていると思い、失礼だと思った。本当は、暴力が再び飛んでくるのが怖かった。


「まぁ、別にいいけど、言いたくなければ」


「ふふ、やさしいのね」


「こんなのやさしいってほどのことでもないさ。それを言ったら、君の方がやさしいよ。メフィスが僕に遊ばれていると思って怒るなんて」


「いやはや、面目ない」


 恥ずかしそうに頭を抱えていた。


「にしても、君、真面目すぎるだろ。土下座のこともそうだし、まじめに悪魔退治しようとすることもそうだ。それに、初対面の時もすごく優等生の対応のように見えた。真面目すぎたらしんどくないか?」


「……心配してくれるの?」


「そりゃあ、心配するよ。きみ、真面目すぎるもの」


「……私が、真面目」


「君は、どうしてそんなに真面目すぎるんだ?」


「……」


 風斗は密林のごとく黙った。


 もう面白いところが終わったと見て、周りの群衆は底なし沼に消えいったように静かにいなくなった。

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