第10回

 しばし後。

「できましたよ」

 泉が座敷に運んできたのは、白い、餅のような「なにか」であった。

「こいは……なんじゃ?」

 首をひねる菊池。

 世の中には様々な甘味がある。

 いくら甘い物好きとは言え、世界の甘味の全てを味わったわけではなかろう。

 そしてこの、「ただ白くて丸い」だけのシンプルな代物は、見たことがあるようで初めて見る、珍妙な逸品として菊池の目には映った。

「………………」

 不思議がる菊池に対して、糸里は特になにも、表情に変化はない。

「さて……おや、こりゃフニャフニャとして……ほう?」

 皿に盛られた「白くて丸いもの」を手に取り、菊池はその感触を確かめる。

 一見すれば、白玉の団子か、求肥に包まれた餅のようにも見えたが、この甘味の手触りはそのどちらとも異なる。

「なんとも……胸がざわつくのう」

 初めて見る奇っ怪な菓子を、菊池は笑いながら口に入れ――

「むっ……!?」

 直後、その大きな目をぐるりと剥いて、驚きを顕(ルビあらわ)にする。

「こっ……これは……なんか……ぬぅ⁉」

 頬を紅潮させ、目を白黒させている。

 だが、そこに不快や害意といった感情は見られない。

 むしろ、楽しげな、喜びに満ちた顔である。

「なんと……不思議な……妙なる味わいじゃあ……口の中でふわふわと踊ったかと思うたら、さらりと溶けて、なんとも甘い味わいが、鼻にまで通りよったぞ!!」

 感嘆の息を吐きつつ、喜びに顔をほころばせている。

「周平どんも、食べなされ! これはなんとも不思議な味じゃぞ?」

「は、はぁ? では……」

 旨いものを食べると、人はそれを周りにも勧めたくなるもの。

 自分が感じたのと同じ、鮮烈な感覚を、共有したいと思うもの。

「もぐ………むっ!?」

 菊池に進められ、おそるおそる「白くて丸いもの」を口へ放り込んだ周平は、その、今までの人生では味わったことのない感覚に、驚愕する。

「泉くん……こいは一体なんという菓子じゃ……これはたまらん! 一度食べたらまた食べたくなりよる!」

 尋ねながら、菊池はさらに、二つ、三つと口に入れ、なお一層幸せそうな顔になる。

「マシュマロって言うんですよ」

「ましゅー……まぁろ?」

 当時の日本ではあまり使われない類の発音に、菊池が目を瞬かせる。

「卵白と砂糖、それとゼラチン……これは、テングサで代用しました。それで作ったお菓子ですよ」

 テングサとは海藻の一種であり、寒天やトコロテンに用いられる。

「ようわからんが……なんとも不思議な味じゃのう……」

「まったくです、こんな優しい味の菓子は、初めて食べましたよ」

 菊池だけでなく、周平も感心している。

「マシュマロって、そういう名前の花があるんです」

 アオイ科の多年草、ビロードアオイとも呼ばれる花の名前である。

 元はその根から取れるデンプンを使っていたことから、マシュマロの名で呼ばれるようになった。

「この花の蜜は、喉の痛みなどを取る効果もあるんです……だから、花言葉って――あるんですけど、それは『優しさ』なんですよ」

「優しさ……?」

 その言葉を、周平は繰り返す。

「ねぇ、周平さん……あなたは、人を殺せない人で、それを欠点と思っているかも知れませんけど……それはただ『優しい』ってだけなんだと思うんです。そして……その『優しさ』は、こんな誰も知らなかった味を生み出すこともできる」

「…………………」

「それは立派なことだと思います」

「体面を重んじる」といえば聞こえはいいが、人を斬り殺すことを当たり前と思っている人間に比べれば、遥かに価値あるものだと、泉は思ったのだ。

「それにほら、なにかができないってことは、なにか他のことができるってことでもあるわけですし」

「それ、おいが言うたことじゃなかか?」

 サラッと、人の言説の尻馬に乗る泉に、菊池がツッコんだ。

「いやいや、冷静に考えてくださいよ。ボク、まだ若造ですよ? 含蓄がんちくのある言葉なんて出てきませんよ」

 だから、含蓄のあることを言った人に、乗っかることにしたのだ。

「なんじゃあ、けったいな……だが」

 ふと、菊池は周平の方を見る。

「そう、かもしれないね……」

 ようやく、暗い表情が続いていた周平の顔に、笑みがさした。

「ふっ………」

 それを見て、菊池は改めて笑う。

 どれだけ真理を表した言葉でも、人はなかなか飲み込めないし、受け入れがたい。

 なら、受け入れられるように整えてやればいい。

 結局、周りができることなどその程度なのかもしれない。

 と同時に、一つだけ、泉は感じたことがあった。

 そもそも、なぜ近藤は周平を養子に迎えたのか――

 土方にしろ、沖田にしろ、他の隊士たちにしろ、彼のことを思い、その身を案じていた。

 多くの人に、「助けてあげたい」と思わせる――

 それこそが、彼が求められた理由ではないかと、思ったのだ。

「なかなか、おもしろかモンを食わせてもろうた……ありがとごわす」 

 ドンと、手をついて、菊池は満足そうに頭を下げた。

「ふふふ………」

 そして、その光景を糸里は、感情の読み取りづらい笑みを浮かべつつ、静観していた。

「大変おもしろいものをいただきました……」

 そう口にするやいなや、彼女の目が、スゥっと細まる。

(この人は……)

 その表情に、泉は背筋がゾクリとした。

 ただの娘ではない。

 花魁という、苦界に生きる者というだけではない。

 もっと別種の――そう、自分や周平では、到達できないところにいる者のように、泉は感じた。



「それでは、失礼します」

「おう、また縁があったら会おうぞ」

 ささやかな茶会は幕を閉じ、島原を出た泉は、大門の前で菊池と別れる。

「今日はいろいろあったなぁ……」

 すでに日は暮れかけ、ただの食材の買い出しのはずが、随分遠回りしてしまった。

「………………」

 隣を歩く周平が、なにやら難しい顔をしている。

「あの人……もしかして……」

 彼の言う、“あの人”とは何者なのか、それを問い返す前に、沈み始めた夕日を目に、泉は思い出す。

「うわああああ、ヤバい! もう夕飯の時間だぁ! 早く帰って支度しないと、沖田さんに殺される! 鋤次郎さんに殺される!? いろんな人に殺されるぅうう!!」

 常に腹を減らしている肉体労働者の群れである。

 ちょっとでも食事の時間が遅れれば、それだけで彼らは殺気立つ。

 冗談抜きで、泉にとって命に関わる事態なのだ。

「周平さん、急ぎましょう、走りましょう!」

「あ、うん⁉」

 屯所に向かって、二人は大急ぎで駆けるのであった。


 一方、その頃――

「いやぁ、なかなかおもしろい一日じゃったのう」

 ゆらりゆらりと、巨体を揺るがせながら、一人帰路につく菊池。

 その背後から、複数人の男たちが続く。

 一人、二人、三人……その数は、徐々に増えていく。

 「もうここらへんでよか」

悠然と歩いていた菊池は、ピタリと止まると、振り返ることなく背後に告げた。

 彼はとっくに、自分を追尾する者たちに気づいていた。

 いつからか、市場での騒動の時からか。

輪違屋から出てくるのを彼らが遠目で監視していたことも、気づいていた。

「大の男が、ぞろぞろと、みっともなかよ」

 ぐるりと巨体を向け、なおも笑顔で、彼らに告げる。

 そこにいたのは、浪人姿の侍、全部で六人。

西郷隆永さいごうたかなが殿で、よろしいか?」

 その先頭にいた一人が、やや妙な音韻で尋ねる。

「また懐かしか名じゃのう……そういうおまはんらは長州のモンか?」

「⁉」

 話し言葉を聞いただけで、菊池は彼らの出身を言い当てた。

「隠しきれないのならば、下手に訛りを隠すものではない。隠していることがバレれば、むしろ相手を警戒させるだけだぞ」

 先程とは打って変わった、都生まれの者でも聞き間違えぬほどに癖のない発音で話す菊池に、浪人たちの間に緊張が走る。

「さすがは……斉彬なりあきら公の懐刀と言われ、京の都の暗部を跋扈した男よ……」

 冷や汗を垂らしつつ、先頭の浪人がつぶやく。

「知らんのう……その隆永とかいう男は、斉彬様がお亡くなりになった後、どこぞの島に流されておるはずじゃ。知らん知らん、おいはただの通りすがりの菊池源吾よ」

 ふたたび、わざとらしい訛りで、笑顔のまま、菊池の迫力が増す。

「そういうことにしておけ」「そうしておくならばなかったことにする」「これが最後の警告だ、さっさと逃げ失せろ」という、無言の圧力が浪人たちを襲う。

だが、彼らは逃げない。

 意地が、プライドがそうさせるのか。

 菊池の言葉がただのハッタリだと思ったのか。

 彼らは刀を抜き、襲いかかろうとする。

「はぁ………」

 大きく、菊池はため息を吐いた。

 彼は、心から、間違いなく、彼らのことを思って言ったのだ。

 だが、聞き入られなかった。

「ならばまぁ、しょうがないな」

 菊池は、諦める。

 彼らに自分の命を捨てることを止められなかったことを、「仕方がない」と断じた。

「え?」

 瞬間、最後尾にいた浪人の首が飛ぶ。

「え?」

 なにが起こったかわからず、振り返ると同時に、もう一人の首が飛ぶ。

「なんだ⁉」

 異変が起こったことを察するまでで、三人目の喉に刃が突き刺さる。

「何者だ!」

 背後から誰かが現れたことに気づいた時には、四人目が逆袈裟ぎゃくけさに斬られる。

「この……!」

 反撃をしなければと「思った」時には、五人目が脳天から斬られた。

「なんだと……」

 ようやく、「背後からの敵に刀を構える」ことができた時には、先頭の一人以外、全員が一刀で斬り殺されていた。

「逢魔が時……これくらいの時間は、そう呼ぶのだそうだ」

 菊池が、まるで幼子に語るようにつぶやく。

 それは、夕闇の頃。

 空が、青から藍に変わる頃。

 この世とあの世の境界が曖昧になり、「この世ならざる者」が徘徊する刻。

「まさにお前はそれだな………ええっと、“糸里”、でよいのか?」

 現れたのは、先程まで輪違屋で相対していた、花魁糸里であった。

 だが、その姿は、先程までのきらびやかな装束ではない。

 動きやすさを考慮した内掛けに、羽織るようにきらびやかな着物を肩にかけていた。 

 その奇っ怪な姿がまた、余計に、この世のものとは思えぬ艶やかさと、美しさと、そしてなにより、恐ろしさを醸し出していた。

「お前は……なんだ……なんなんだ……!?」

 悪夢のような、現実味のない事態に遭遇した浪人は、悲鳴のように叫ぶ。

「長州の浪人だな……なるほど、お前たちにとっては、この男は厄介だからな」

 糸里は――正確には“糸里”と呼ばれていた女は、冷たい、氷の刃のような声で言う。

尊皇攘夷そんのうじょういを掲げる長州にとって、公武合体を支持し、さらには開国すら視野に入れるこの男とあの国は……最大の敵と言ってもよいだろう」

 彼女は、浪人たちが何故に菊池を狙ったか、全てわかっていた。

 わかっているからこそ、このタイミングで現れた。

 彼女の立場上、“菊池源吾”は護らねばならない者なのだ。

「う、うわあああっ!!」

 叫びながら、浪人は刀を振りかぶり、女に斬りかかる。

 菊池の先の警告は真実だった。

 彼らが、あのまま逃げ帰れば、彼女はこうする気はなかった。

 だがもう遅い。

 彼らは見てしまった。

 この浪人は見てしまった。 

 彼女がただの花魁ではなく、剣を振るう者であることを、知ってしまった。

 だから――殺す。

「かっ――――」

 一瞬、であった。

 目にも留まらぬ……否、「目にも映らぬ」ほどの神速の左片手突きが、一瞬にして浪人の心の臓を貫き、その生命を終わらせた。

「おうおう………なんともなんとも……」

 その戦闘の、もはや「殺戮」と言っていい一部始終を見終えた菊池は、感心したような、呆れたような声を漏らす。

 そして、膝をつくや、むくろに成り果てた六人へ手を合わせた。

「せめてもの救いは、“死すら感じる暇”もなかったことだろうな」

 女の剣はあまりにもはやく、もはや人体の知覚伝達すら凌駕していた。

 それ故か、最後に死した浪人の顔には、最後まで自分に一体何が起こったかわからぬ、混乱の表情が刻まれていた。

「あなたがいなければ、彼らも死なずに済んだでしょうに」

 そんな菊池に、糸里と名乗った女は、責めるでもなく、冷酷な事実を告げる。

「まぁ、こちらにも事情があるのでなぁ」

 菊池源吾――と呼ばれている男は、浪人たちが言ったように、今現在も、奄美の島に流されている、はずである。

 だが事実はそうではない。

 彼の今は亡き主君の命で、「主君の死に混乱し、島流しにされた」という体裁にし、秘密裏に京の都に入っていた。

 彼でなければ果たせぬ、様々な政治工作を行うためである。

「なぜわざわざ、彼女に接触した?」

「なにも意味はない。偶然会っただけだ」

「どの口で……」

「そういうことにしておけ。こちらも色々と、都合がある」

 菊池と名乗った男と、糸里と名乗った女。

 両者の属する集団は、現在のところ、敵対していない。

 しかし、全幅の信頼を置く仲間同士でもない。

 ゆえに、これ以上聞くなと、菊池は釘を差したのだ。

 それが双方のためになると、暗に含ませ。

「ただ、まぁ、そうだな……菓子の礼の分くらいはすべきか」

 しかし、あえて、一歩踏み込む。

「あの小僧……いや、小娘か……大した腕だ。あの料理の腕、この世のものとは思えん」

「それが……なにか?」

 女の問いかけに、菊池は返す。

「少し、やりすぎてしまったかもしれんぞ。大切にしてやることだ。あの娘は、自分がどれだけの者か、その価値を自覚しとらんようだからな」

「どういう意味だ?」

「それ以上は言えん。じゃあな」

 言うや、菊池は背中を向ける。

 無防備な背中を向ける。

 斬りたければ斬れと言わんばかりに。

 だが――

「…………」

 女は彼が立ち去るのを見届けることしか、できなかった。



 そして、数時間後――壬生、新選組屯所。

「なるほどな」

 自室にて、机に向かい書き仕事をこなす土方は、襖越しにいる者からの話を聞き終え、一言つぶやいた。

「さすがは、斉彬公の懐刀だった男、か……大した怪物っぷりだ」

 土方が受けたのは、今日の一連の報告。

「殺れなかったか」

 筆を走らせながら、土方が言う。

「はい」

 襖の向こうにいたのは、今日この日、泉らと接触した、糸里を名乗った女である。

「刀も振れぬはずの男に、手も足も出ませんでした」

「ふふ……」

 かつてその昔、「茶聖ちゃせい」とまで讃えられた茶道の開祖、千利休の茶室に、猛将福島正則が招かれた。

 茶人などなにするものぞと、隙あらば殴りかかってやろうとした福島であったが、一度たりともその隙を見つけることができず、却って恐怖に縮こまったという。

「いるもんだ。そういうヤツってのはな、まぁ怪物だな」

 これが、他の者であったなら、土方はこうは言わない。

 それどころか、敵を前にして臆したと、「士道不覚悟」を理由に切腹を命じただろう。

 だが、彼女が言うのならば、そうだと認めざるを得なかった。

「新選組三番隊組長、斎藤一さいとうはじめが言うのなら、そうなんだろうよ」

 それが、糸里を名乗った女の、真の名であった。

「まさか、“あの男”が泉さんと接触を図るとは、思ってもいませんでした」

「こうなると……オマエに因縁つけてきた連中も、菊池の差し金かもしれんな」

 あの狼藉者たちも、自分たちが操られているとも知らぬ内に、なんらかの手段でけしかけられたのかも知れない。

 非番の日とはいえ、新選組隊士が浪人の狼藉を見ないふりはできない。

「私にけしかけることで、腹の中では笑っていたのでしょうね」

「どうかな……策なのか、それとも……掴みきれんな」

 鬼の副長でさえも、読みきれない話であった。

 菊池源吾、またの名を、西郷吉之助隆永……だが、その名よりも、数年後彼が名乗る、この名のほうが有名であろう。

 西郷隆盛――維新三傑と呼ばれし、幕末の大英雄である。

「妙なことを言っていましたね。『やりすぎたかもしれん』と」

「ふぅむ……気になるな」

 西郷は何者かの意志に基づいて動いていた。

 そこまでは予想できるが、その背後関係がわからない。

 そして、わかった時には、取り返しのつかない事態になっているのではないか……。

 そんな嫌な予感が、土方を襲う。

「それにしても、泉さん、ですか……」

「ん、ああ、オマエはまだ、顔合わせしていなかったな」

 斎藤は、いわゆる「試衛館時代」から数え、新選組の古参とされている。 

 しかし、意外なまでに、その経歴は不明な点が多い。

 どこの生まれで、どこで育ち、その流派がなんであったか――実はそれすらも、明確にはなっていない。

「オマエは務め柄、あまり周りに顔を見せられんからな」

 斎藤の勤めは、「密偵」である。

 山崎の属する監察方の「隠密」とはまた異なる。

 敵内部に潜入しての情報収集、時には暗殺も行う。

 そしてその対象は、新選組隊内も例外とはならない。

 彼女は時に、組織維持のための内部粛清も担当しているのだ。

「ええ、なので……初めて言葉を交わしたのですが……美味しそうですね」

「ん?」

 出会って最初の第一印象には、あまり出てこない言葉に、土方は戸惑う。

「美味しそうって………どういう意味だ?」

「は? 泉さんが作った料理が美味しそう、という意味ですよ? 他になにかありますか?」

「ああ、そういうことか」

 納得しつつも、納得できない不穏さが、斎藤の言葉の端にあった。

「念の為に言っておくが……あいつは、女だぞ?」

「はぁ、そんなの見ればわかりますが」

「見れば分かるか~………」

 土方には見破れなかった泉の少年っぽさも、斎藤には通じなかったようである。

「なにか……邪推されていませんか?」

「いや、すまん、なんでもない、忘れてくれ」

 襖越しに発する斎藤の気配に、土方は発言を訂正した。

「ホント……とっても美味しそうでしたね……ふふ、じゅるり」

 斎藤一の経歴には、謎が多い。

 この後も彼女がどのような経歴を重ねたか、記録されていないものの方が多く、その顔や身体的特徴も「と、思われる」ものしか残っていない。

 だが明確な事実が一つある。

 彼女は後に、妻を娶る。

「おい、オマエのその舌なめずりは食欲由来のものなんだよな!? 他のモンじゃねぇよな!?」

 新選組で最も謎多き隊士とさえ言われる斎藤の言動に、どうにも不安を禁じえない土方であった。


 そして、同時刻――京のどこかの屋敷。

「ま、こんな次第ですな」

 ここでもまた、この日の報告を行う者と、それを聞く者がいた。

 報告をおこなっていたのは、菊池――後の西郷隆盛である。

 そして受けていたのは、グラバーすらも圧倒した、公家の男。

「で、おまはんの見立てでは、どないだ?」

 新選組という、京の公家衆から見れば田舎の山猿集団の中に、突如現れた妙な料理人。

 その調査のために、西郷を送り込んだのは訳がある。

 西郷という男の「人を見る目」を、この公家の男は、一種の貴重な能力として認めていたのだ。

「不思議な坊主……ですな」

 西郷は、あえて「小娘」とは言わなかった。

「どこにでもいるように見えて、浮世離れした……とも違う。言うなれば、全くこことは異なる世界の“普通”から飛び出てきたような感じですな」

「ほほう、天神様のお使いかいな?」

 菊池の評を聞いて、公家の男は苦笑いを浮かべつつも、決して否定はしなかった。

 この男が言うのならそうなのだろう、という体であった。

「少しばかり……叩いといたほうが、エエかも知れへんねぇ」

「…………」

 その顔と声を聞き、菊池はわずかに眉をひそめる。

 京の都の裏社会にも通じる彼だからこそ分かる。

 この千年の王城の裏――否、闇に通じた男。

 今昔物語に記された魑魅魍魎ちみもうりょうすら「人がましく」見えるほどの不気味さ。

 後に「幕末の妖怪」とさえ呼ばれる、岩倉具視いわくらともみの不気味さに。

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