第7回
旭屋は、創業百年近い料亭である。
これでも京の街に並ぶ店の中では新興の方だと言うが、それが故に、他の店々よりも比較的敷居が低く、他所者も受け入れてくれる。
だが、この日、それが災いしてしまった。
『なんだこの料理は、どれもこれも貧相でチンケで、味がない!!』
この日訪れた客は、京の住人でもなければ、日本人でさえなかった。
イギリスから来た貿易商、それが、旭屋の料理にいちゃもんを付けたのだ。
『おいおいおいおい、俺は文明人なんだぞ? 生の魚を食えだと? からかうな!』
膳に並んだ懐石料理を、憤慨しながら蹴り飛ばす。
女将や板前、あげくに店の主人まで総出で土下座して許しを乞うたが、貿易商は許さない、それどころか――
『何言ってるかわからねぇよ! この黄色い猿ども! まともな言葉も喋れねぇのか!』
と、嘲り嗤う始末。
これが他の客ならば、然るべき機関なり、もしくは裏社会の用心棒のような者に頼んで追い払えば済むところだが、相手が異人ではそうも行かない。
生麦事件と薩英戦争――この一年間ほどで起こった外交事件が、まだその尾を引いていたからである。
この時代、事実上鎖国の慣習は崩壊し、国交を結んだ異国から商人や外交官をはじめとした人々が、少なからず日本へと訪問や移住をするようになっていた。
その中のイギリス人旅行者が、島津家の大名行列を妨害、無礼討ちされたのだ。
当時の日本の法では、この旅行者の行いは「殺されても文句は言えない」ものだったのだが、これに英国は激怒。
謝罪と賠償を要求し、さらには自国を含め、四カ国の軍艦を島津家の拠点である薩摩へと派遣した。
ついには砲撃が行われた結果、諸藩の中でも特に有力な大藩であった薩摩が、三日の戦いで火の海となったのである。
その情報は、京の街の人々の耳にも届いている。
もしもこの貿易商になんらかの不手際を行えば、自分たちの店はおろか、街を焼き尽くされるかもしれないと、鬼を恐れる以上に震えていたのだ。
『ったく、だから俺はこんなクソみてぇな田舎島に来るのは嫌だったんだ!』
吐き捨てる貿易商。
彼がここまで無礼かつ尊大に振る舞うのは、簡単に言えば、「気晴らし」であった。
仕事とは言え、こんな極東の果てまで来て、不自由な暮らしをするのは、不愉快極まりない話だったのだ。
「どうか、堪忍してください……!」
だから、必死で頭を下げるこの「黄色い猿」たちを困らせることが、数少ない、気分転換だったのだ。
『おいおい、お前らわかってんのか? 俺は女王陛下の命を得て、この島に来てやっている、英国人なんだぞ?』
となりに随伴してる通訳を通して、店の者たちに告げる。
『その俺様に、こんなクソとクズを盛って食えと言うなんてよぉ? そりゃオメェ、国際問題だぜ? 英国への侮辱だ。わかってんのか?』
通訳越しの貿易商の言葉に、店の者たちは震え上がる。
戦争が起こる、京の町が焼かれる。
そうでなかったとしても、下手すれば一族皆殺しにされるかもしれない。
大げさかもしれないが、この時代の日本人にとっては、異国人とはそれだけ恐れるべき相手なのだ。
『それともなにかい? お前ら、まさか俺様に食わせるメシがねぇってのか? そりゃやべぇぞ、このままじゃ俺様餓死しちまう! 殺人犯だぜテメェら?』
これでもかと、貿易商の男は脅しをかける。
主人は真っ青になり、女将は気絶しかけ、板前は首を吊りかねない勢いであった。
以上のような事情があって、困りに困った店の状況を見ていられなかった、店に勤める近藤の愛人の芸姑が、新選組に助けを求めたのだ。
「ってことがあってな」
「はぁ、大変ですねぇ」
小一時間ほど後、土方の部屋に改めて呼びだされた泉は、事のあらましを聞く。
「ってなわけでなんとかしろ」
「すいません⁉ どういうわけで『ってなわけで』なんですか⁉」
自分には関係ないと思って聞いていた泉に、とんだキラーパスが飛んできた。
「それがなぁ、その異人……『許して欲しけりゃ、とある料理をもってこい』と言ってやがってな?」
その貿易商は、未だ旭屋の座敷に陣取って、店の者を怒鳴り散らしているのだという。
「あの、ボクはあくまでいち賄い方であって、出張料理人じゃないんですよ」
「わかってる」
泉の抗議を、土方は厳粛な顔で受け止めた。
「その上で言っている」
「自覚症状のある無茶ですか……!」
世の中、「わかった上で無茶を言う」人ほどたちの悪いものはない。
「だが、オマエならなんとかできそうなのも事実だ。少なくとも、オレもそうだが、どの店の料理人でも、その異人の要求する料理はまるで見当もつかねぇし、作れもしねぇ」
異人は、具体的な料理のリクエストを出した。
メニューの名前はわかっている。
わかっているが、どの料理人も、それ以外のものも、それが如何なる料理なのか考えもつかずに困り果てている状況だったのだ。
「なんて……料理ですか……?」
いくら泉といえども、自分でも作り方を知らぬ幻の料理でも持ってこられれば、対処のしようがない。
「それは……“かりぃ”というものらしい」
「は?」
思わず聞き直す。
「だから、“かりぃ”だ」
出てきたメニューは、“かりぃ”――つまり、カレーであった。
「なぁんだぁ!」
思わず、安堵もあって、大きな声を出してしまった。
「なにが出てくるかと思ったら、カレーですかぁ」
「お? その様子じゃ、作れるのか」
「そりゃもう、むしろ簡単な部類ですよ」
カレーライス――もはや説明の必要もないほど、ありふれた料理である。
幕末日本においては無理難題なオーダーだが、現代日本からやってきた泉にとっては、大した労もなく作れる類のものである。
「なんだ、やっぱやれんじゃねぇか」
「こっちも拍子抜けしましたよ」
土方に言われ、泉は笑いながら応える。
「よし、んじゃ、すぐに使者を飛ばす。一刻もあればできるな」
「え?」
一刻とは、季節によって異なるが、おおよそ、二時間である。
「あの……え? えっと………」
そこで、泉の口が濁る。
「今日ですか? 今日中に作らなきゃいけないんですか?」
「さっき言っただろ。件の異人は、まだ旭屋にいるんだ」
「そうだった……!」
カレーを作るのは、そう難しいことではない。
だが、材料がない。
「ちょっと待ってください……ええっと………」
必死で頭を回転させる。
この数日で、市場には何度も訪れた。
この時代の、京の町で手に入る食材は、ある程度頭に入れている。
カレーに使用する材料……意外なことに、じゃがいもは江戸期にすでに栽培が始まっている。人参も、正確な品種はことなるが、代用は可能。
タマネギは、食用栽培はされていないが、観賞用などで一部栽培されており、入手は可能。
肉類も、豚と鶏ならなんとかなる。
だが、最も重要なものがない。
カレー粉である。
スパイス類、それがない。
「スパイスがない……」
「すぱ……なんだ?」
「カレー作りに、絶対に欠かせないものです」
真っ青な顔をしていたのを案じ、尋ねる土方に、泉は返す。
「それは……そんな大切なものなのか?」
「大切も何も、それがなければカレーじゃなくて肉じゃがですよ」
「肉じゃがってなんだ?」
肉じゃがの発祥は、正確には不明だが、明治の中頃にできたというのが定説である。
ちなみに、後世でもっともらしく語られた、「東郷平八郎が、ビーフシチューをマネて作らせた」というのは、作り話である。
「わかりやすく言うとですね、ええっと……」
スパイスがなければどれくらい絶望的か、泉は土方にも伝わるような形で例える。
「刀のないお侍さんみたいなもんです」
「おいそれどうしようもねぇじゃねぇか!?」
ようやく事態を理解した土方。
刀と言えば武士の魂。それがないということは、画竜点睛を欠くどころの騒ぎではない。
決定的に不可能ということだ。
「だからどうしようもないって言ったでしょう!」
まだ時間があれば、例えば、外国人居留地や、海外に開かれている港町などから、手に入れる事もできただろう。
それでも、三日から四日、下手すれば十日以上かかる。
二時間では絶望的だ。
「あの~………」
困惑している二人に、声を掛ける者が現れた。
いや、詳しく言えば、ずっと彼はそこにいた。
「拙者は、放ったらかしでゴザルか?」
切腹するだのしないだの騒いでいた、山崎であった。
「すまねぇ山崎……ちょっと今取り込んでて……後にしてくれるか」
心から申し訳無さそうに言う土方。
ちなみに、山崎は発作的に切腹をしないように、荒縄でがんじがらめにされている。
酷いように見えるが、勝手に死なれないようにするには、こうするしかない、緊急措置であった。
「いえ、それはわかったのでゴザルが……その、先程から言っている、“かりぃ”とは、どのようなものなのでしょう?」
監察方という、情報収集を任務としている者故の一種の職業病か、この期に及んで自分の知らぬ情勢の情報を収集しようと、山崎が尋ねる。
「はぁ、その……」
簡単に、カレーがどういうものか、泉の口から説明される。
「ははぁ」
興味深そうにうなずく山崎。
そして、直後に、意外なことを言い出す。
「それ、拙者知っているでゴザルな」
「「は?」」
泉と土方、同時に声を上げた。
調理法どころか、料理名すらろくに知られていない西洋料理を、なぜに日本のニンジャが知っているのかという話であった。
「山崎………その、正気だよな?」
「どういう意味でゴザルか?」
出自を知られたショックで、錯乱しているのかと疑う土方。
念のために、確認を取ってしまった。
「いえ、我が家の古い文献に……載っていたのでゴザルのですよ」
そして、事態は急変する。
丁度に一刻――二時間の後、旭屋の座敷では、未だイギリス人貿易商が、横暴かつ傲慢の限りを尽くしていた。
『まぁお前らがな、カリーを持ってこられるわけがねぇ。あれは我が偉大なる祖国、大英帝国が統治する、インドを発祥とした料理だ。わかるか? インドだ』
ヨーロッパ人が、インドへの航路を発見したのは、遡ること一五世紀の末頃。
それから、数百年に渡り、徐々に植民地化を進め、インド亜大陸の統治者であったムガル帝国を大英帝国が消滅させたのは、この頃より五年前である。
『やはりアジア人は遅れているな。清国しかり、日本しかり、文明人の啓蒙が必要だ』
驕り高ぶる貿易商。
だが、これは別にさほど驚くべきことでも、極端な人間というわけではない。
この当時、「全ての文明は、目指すべき同一のゴールがあり、欧米諸国は最もその先端にいる」という考え方が主流だったのだ。
アジアだけではなく、それこそ南米やアフリカなどでは同様の――いや、もっと傲慢な行いがまかり通っていた。
『この国には、“猿回し”という芸があるそうじゃないか? ならば我ら欧州人が主となって、いろいろと教えてやらねばなるまいなぁ!』
ガハハハと嘲笑ってから、ちびりと銚子から直接酒を煽る。
『まあ、酒の味だけは認めよう』
そこまで言ったところで、女将が障子を開ける。
「お待たせいたしました……」
おどおど――という感じではない、むしろ、ようやく事態の活路が見えたのか、どことなく、落ち着きを取り戻している。
『なんだ? てっきり泣いて謝るかと思ったら……持ってきやがったのか? フン!』
だが、貿易商の男の傲慢な態度は変わらない。
日本人が、カレーを作れるわけがない。
作り方を知らなければ、材料も手に入らない。
どうせ当てずっぽうででたらめな料理を作り、その場をしのごうと考えたのだろう、と思ったのだ。だが――
『ん⁉』
たなびく香りに、男の嘲笑が止まる。
『この匂いは……おい……⁉』
信じられない、というように、目を見開く。
そして、出された膳を見て、その上に載せられた料理を見て、さらに驚きに固まる。
そこにあったのは、まごうことなき、カレーであった。
『バカな、なんで⁉』
恐る恐る、匙を手に取り、口の中に運ぶ。
口内に広がる芳醇な香り、味わい、コク。まごうことなきカレー――どころか、彼の知る今まで味わってきたものと比べても、格段に完成度が違った。
もっと簡単に言えば、美味かった。
どこかの居留地に向かい、外国人の料理人に教えてもらったのか……?
しかし、それでもあまりにも早すぎる。
どう見ても、「調理法を知っている地元の者」がいたとしか考えられない。
『どこだ、誰だ⁉ なぜ、カリーを作れた⁉』
驚く貿易商は叫ぶような声で、通訳を介し、女将に尋ねる。
「さぁ、それは向こうさんから、口止めされてますんで」
しかし、女将は笑顔で、教えるのを拒んだ。
「ただ、その“かりぃ”とか言いはるもんを作らはった方がおっしゃるには……」
続けて、言葉を放つ。
「なんでも、その料理は、千年前にはこの国にあったそうですな」
『なに⁉』
それを聞いて、貿易商が驚く。
『千年前だと……』
「そないな古い料理をお好みとは、随分と、くらっしっくな方なんですねぇ、と言うてはりました」
クラッシック、という言葉の意味を、女将は知らない。
だが貿易商に、西洋の言葉を皮肉として使える程の者が女将の背後にいることを知らしめるには、この言葉を口にするだけで十分だった。
『なん……だと……⁉』
西洋の最新料理と自慢しようとして、その実、千年前には伝わっていたメニューをオーダーしたなど、大した恥の晒しようであった。
震える貿易商に、女将は続ける。
「それで、お客様? それ食べはったら……お茶漬けでも用意いたしましょか?」
茶漬けでも食べるか? それは、京の裏言葉で「早く帰れ」の意。
面目を潰された男に、それを拒むことはできなかった。
そして、さらに数時間後、新選組屯所――
「おどろいたなぁ」
改めて、今日の日に起きたことを思い返し、泉は感慨深くつぶやく。
山崎がカレーを「知っている」のは、事実だった。
彼の出身は「甲賀」――京都と奈良の間に位置する山岳部であり、代々その地を拠点に活動し、様々な地域の情報を、数百年分、それこそ千年前まで記録していた。
「千三百年前……あ、いや、この時代からだと、千二百年かな?」
七世紀の終わり頃、江戸どころか、京の都もまだなかった頃。
奈良の平城京、その宗教的拠点である東大寺の落成の際に振る舞われた料理が、カレーであった。
天竺……今のインドから中国に渡ってきた僧侶が、さらに日本にまで訪れ、持ち込んだ香辛料と当時の日本でも手に入る材料を元に、祖国風の煮込み料理を作り振る舞ったのだ。
「じゃがいももタマネギも人参もない時代でも、カレーってのはあったんだなぁ」
それどころか、「辛さ」の根源である唐辛子すら、“発見”されていなかった時代である。
「ただもっと驚いたのは、山崎さん……香辛料に詳しかったんですね?」
幕末の世には、確かにまだ、食用スパイスはほとんど存在しない。
しかし、そのモノ自体は「漢方薬」の形で、日本にも入ってきていたのだ。
山崎は、それら香辛料の特徴を聞き、全て代用可能な漢方の薬草を答えた。
「甘みのある臭いのある樹木の皮を乾燥させたもの。なめると辛味がある」と言うと――
「
桂皮――もしくは桂心。八世紀には日本に伝来し、江戸期には国内でも植樹されていた。
シナモンのことである。
「生姜の一種で、色付けに用いる草」と言えば……
「
鬱金――元は熱帯の植物だったが、琉球――当時の沖縄でも栽培されていた。
ターメリックのことである。
「セリ科の一種の香草の、種を乾燥させたもの」と尋ねれば。
「
胡荽子――元は地中海東部が原産の香草。アジア圏でも広く分布しており、葉の部分は「シャンツァイ」もしくは、「パクチー」と呼ばれる。
コリアンダーのことである。
「同じくセリ科の植物の種を乾燥させたもので、辛味と苦味がある」と聞けば。
「
馬芹――アジア全般で栽培されている植物。
紀元前一六世紀から使われていた、「最も古いスパイス」の一つ。
クミンのことである。
彼の出身である甲賀忍者は、毒草――薬の扱いに通じていたため、漢方の知識も本職の漢方医師以上のものがあったのだ。
その知識を元に、泉はカレー粉を調合し、イギリス人貿易商に出すカレーを作ることができた。
「おかげで、助かりました」
「拙者は……できることをしただけでゴザルよ……」
泉の隣には、縄を解かれた山崎が座っていた。
「切腹する前に、せめて最後に、隊にご奉公したかったのでゴザル」
「…………………」
自らの恥辱を
沖田や鍬次郎が「いい人だから」と言っていたとおり、山崎は骨の髄まで、新選組という場を大切にしている男であった。
「ねぇ、その、山崎さん……ボクはお侍さんでもないし、ニンジャでもないから、あんまりえらそうなこと言えないんですけど……」
そこまで話したところで、また、脳裏に父の言葉が浮かんできた。
「世の中には、いい材料がなければ旨い料理は作れんとほざく三流が溢れているが、オレに言わせれば大いなる勘違いだ。悪い材料があるのではない。材料を使いこなせん腕のない料理人がいるだけだ」
「…………………」
「どうしたでゴザルか?」
「ああいえ、なんでも……」
頭を押さえ、うつむく泉に、山崎が心配そうに声をかけた。
(どうしてこう、ちょくちょく顔を出すかなあのくそオヤジめ……)
心の中で悪態を吐く。
「あの、山崎さん? 薬の扱いに長けている人に、こういうこと言うのも何なんですが……『薬もすぎれば毒になる』って言いますよね?」
「然り、逆に言えば、毒も量によっては、人を活かす効能となるでゴザル」
「それ、山崎さんにも言えるんじゃないですか?」
「――――⁉」
それが、泉の言いたかったことであった。
「山崎さんは、ニンジャの自分が好きじゃないのかもしれないけど、その知識と技術が、新選組を救ったんですよ?」
たかが一料亭のやっかいな客を追い払った――事実だけ見ればそれだけだが、これは決して軽いものではない。
愚連隊にも等しいと、京の町の人々に嫌厭されていた新選組の市中での評価が、これをきっかけに大きく変わるだろう。
それは周り巡って、隊士たちの命を、隊の存在を助ける、大きな力になる。
「ボクは料理人なんで、それ以上のことはわからないんですけど……使い方次第で、どんな材料も美味しくなるんですよ。だから、その……」
「そのとおりだ。山崎」
いつの間にか、声が増えた。
振り返ると、そこには土方に沖田、鍬次郎まで立っていた。
「オマエが忍びの者であるということは、さすがに驚きだったが……」
「え?」
しれっと、今まで気づいていたけど気づかないふりをしていたことを隠す土方に、泉は怪訝な顔をする。
「――………」
「はい………」
無言で「黙ってろ」と言われたので、泉はおとなしく従う。
「新選組が求めるものは、力のみだ。オマエは隊にふさわしい……いや、必要不可欠な力を持っている。これからも、変わらずその力を発揮して欲しい」
「副長殿……!」
感動に打ち震える山崎に、沖田がさらに続けて告げる。
「そうですよ。あなたの隠し事を暴いた無粋な賄い方は、私がしっかりシメておきますんで、気にしないでください」
「あの……もしかして、アンタたち、ボク一人を悪者にして、事態を収めようと―――」
「―――………」
「はい………」
今度は沖田ににらまれ、泉は再び言葉を引っ込めた。
「拙者は、拙者は……これからも新選組にいて良いのでゴザルか!!」
「当たり前だろう山崎!」
「そうですよ山崎くん!」
涙を流し感激する山崎を、暖かく受け入れる土方と沖田。
「この人たち……日頃は仲悪いように見えて、意外とチームワーク良いなぁ」
その光景を半ば呆れながら眺める泉。
「ちーむわ……ってなんだ?」
「気にしないでください。こっちの話です」
英語のわからぬ鍬次郎に尋ねられるが、適当にごまかす。
「まぁいいじゃねえか、山崎くんも笑ってるんだし」
「意外と、鍬次郎さんクレバーなとこありますね」
「呉羽?」
「あ、いや、こっちの話です」
かくして、監察方山崎烝は、再び敏腕密偵として、京の町を疾駆することになるのであった。
彼は、新選組隊士として生を貫き、その生涯をまっとうする。
そんな山崎の残した新選組に関する覚書が、百数十年後に発見され、新選組のみならず、幕末の時代の貴重な資料となるのだが……。
今日この日起こったことは、さすがに書き記されていなかった。
そんなことはこの場にいる者誰一人とて、考えもしていないのであった。
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