第3回

                 【第二章】


前回までのあらすじ――

 なぜか幕末にタイムスリップしていた。

 なぜか新選組で働くことになった。

「波乱万丈がすぎる……」

「なにブツブツ言ってんだテメェ」

 土方の紹介で、新選組の屯所に赴いた泉。

 この当時、屯所があったのは、都の西南の「壬生みぶ」であった。

 二条城を横目に堀川通を南下し、そこから四条で右折する。

 そこから千本通にぶつかる手前くらいの場所である。

 その壬生にある地元の郷士であった八木家、ならびに前川家の邸宅を、新選組は借り受け、拠点としていた。

 その夜はもう遅かったため、客間へと一旦通され、翌朝、「上役に紹介する」とのことで、局長の部屋へと連れられていた。

「お~~~君が新しい賄い方の人かね!」

 そこで待っていた上役は、ずいぶんとごっつい顔と、でかい声の人だった。

「俺は局長の近藤だ。よろしく頼む!」

「近藤……近藤勇!?」

 その名前もまた、後世では有名なので、泉も知っていた。

「オイ……仮にも局長だぞ。呼び捨てにすんじゃねぇ」

「す、すいません!」

 思わず声を上げてしまったことを、土方にいさめられる。

「トシ……仮じゃなくても局長だよ?」

 だが、当の近藤は、全く気にしていない素振りで笑う。

「近藤さん……もう少し威厳を保て。アンタはオレたちの大将なんだぞ」

「言うなよ……所詮俺は、武州の田舎侍だぞ? 集まっている連中も、荒くれ者ばかりだ」

「近藤さん!」

 気さくすぎる近藤の物言いに、土方は声を荒らげた。

 新選組の主軸は、武州多摩――現在の東京都西部多摩地方出身の者たちを中心として結成された。

「だがなぁ、そんな俺達を、公儀や会津様は認めてくださり、大切な勤めを任せてくださった。俺はこれを、なんとしても果たしたいと思っている」

 新選組の母体となった浪士組は、本来は、将軍家茂の上洛じょうらくの際の警備部隊である。

 正確に言えば、上洛にあたっての、街道の「露払い」が仕事だった。

 その家茂もすでに江戸に戻り、近藤らも帰国するはずだったが、あえて残留し、京都守護の独自組織として旗揚げした。

 当時なんの後ろ盾もなかった彼らを拾い上げ、公儀の一角に加えてくれたのが、京都守護職である、会津藩主松平容保まつだいらかたもりであったのだ。

「恩義に報い勤めを果たすにも、まずは体が第一だ。そして、そのためにも隊士たちにはちゃんとしたメシを食わせてやりたい。どうか、君の力を貸してくれ」

 そう言うと、近藤は深々と頭を下げた。

「いや、あの、えっと……あ、はい……がんばります……」

 明らかに年上で、そもそも一組織の長が、まだ幼さすら残る泉に頭を下げるなど、面目を重んじるこの時代は勿論、現代であっても異質な光景であった。

 ただ、その前に、泉には一つ言っておかねばならないことがあった。

「その……ボクで、いいんですかね?」

「どういう意味かね?」

 深刻な顔で、かつバツの悪そうな顔で言い出す泉に、近藤は不審な顔になる。

「身分のことを言っているのかい? なら安心なさい。ウチは自慢じゃないが、出自が怪しい者だろうが、すべては実力次第だ」

 新選組の前身、浪士組においては、武士や浪人はおろか、町人、農民、挙げ句に博徒ばくと侠客きょうかくと言ったような手合まで集めた。

 その募集方針は新選組になってからも変わらず、町人や町医者など、隊士たちの出自は様々なのだ。

「もしかして、なにか前科があるのかい? それならそれで……大きな声では言えないが、なんとかなるよ」

 あまりおおっぴらにはされていないが、新選組に入隊することを条件に、ある程度の罪が免じられるという慣習もあった。

 実際に、それ目当てで入隊した者もいるくらいである。

「そうじゃないんです。そうじゃなくてですね~………」

 申し訳無さそうに頭を掻く泉、しかたがないとばかりに打ち明ける。

「ボク……女なんですけど、大丈夫ですかね?」

「え?」

 そうなのだ。

 稲葉泉、十七歳――容姿は少年のように見えるが、彼は……もとい彼女は、れっきとした女の子であった。

「なんだとおおおおおおお!?」

 叫び声が上がる。

 近藤ではない。稲葉の隣に座り、それまで冷静な顔であった土方のものであった。

「いやぁ、言い出すきっかけが掴めなくって、はい」

「なんだとおおおおおお!?」

 元々泉は、中性的と言うか、少年っぽい容姿であった。

 なにせ、十歳になってすぐに調理場で大人顔負けの修行をさせられたのだ。

 調理場仕事といえば、長髪は歓迎されない。

 整髪料や化粧の類いもはばかられる。

 ゆえに、髪型一つとっても、短めのショートヘアである。

 そんな身の上で十代を過ごせば、年頃の少女らしさはおろか、少年以上に飾りっ気のない少年っぽさになっても仕方のない話だ。

「まー、男と間違われていたほうが都合も良かったんで」

 苦笑いをする泉。

 右も左もわからぬ幕末京都である。

「女」と思われていないほうが、色々と、危険を免れるだろうことも事実であった。

「なんだとおおおおおおお!」

「しつこいなアンタ⁉」

 延々と驚き続けている土方に、泉はついに耐えきれずツッコんだ。

「そんな驚くようなことですか?」

「い、いや、あの、うむ……」

 泉に問われ、バツが悪そうに目をそらす土方。

「このオレが……男女の区別もつかねぇとは……不覚だ……」

「そこまで?」

 人間、いろんな「こだわり」というものがあるものだが、妙なところに地雷があるものだと泉は思った。

「くくく……」

 そんな土方を見て、近藤はおかしそうに笑う。

「まぁ無理はないよ稲葉くん。トシはなぁ、いろいろと浮名を流していたのでね」

「はぁ~……」

 土方歳三……彼に関しては、写真も残っているように、現在の基準で見てもかなりの男前である。

 身にまとう殺気と冷徹な表情さえなければ、役者と見紛うばかり。

 そんな二枚目である。

 当然、やることはやっているのである。

「懐かしいものだ……武州にいた頃、こいつの女遊びの後始末に何度駆り出されたか」

「近藤さん、今それ話さなくていいから」

 怜悧冷徹れいりれいてつな「鬼の副長」も、地元ではやんちゃをしていたのである。

「ともあれまぁ、そんなトシからしたら、ひと目で男か女かわからなかったというのは、なにげに自尊心を傷つけるものなんだ」

「正直、バカじゃねーのと思ってしまいますね」

 心から呆れた顔と声で、泉は言う。

「うん、俺もそう思う」

 そして、そんな彼女を責めるでもなく、むしろ同意するように笑う近藤。

「……くそう、居心地が悪い」

 さらに、つまらなそうに視線を横に逃がす土方。

「とまぁ……そういうわけでして……その、やっぱ無理ですよね」

 改めて、泉は話を戻す。

 彼女の知る幕末――要は江戸時代は、男尊女卑の激しい時代。

 女を屯所内に入れるなど、けしからんという話だと思ったのだ。

「いや、構わんよ」

「え?」

 だが、そうでもなかった。

 こともなげに、近藤は返す。

「さっきも言ったが、ウチは実力主義だからねぇ。相応の能力が在るのなら、性別はさほど気にしないよ」

「そうなの!?」

 意外な反応に、泉の方が困惑する話であった。

「それにまぁ……他にもいるし」

「?」

 なにやら、ちと意味のわからない言葉を、近藤がつぶやいた。

「重要なのは、キミがやる気があるかどうかだよ? それはどうなんだい」

 改めて、快活な笑顔で、近藤は尋ねる。

「えっと………」

 しばし悩んでから、泉は答えた。

「お世話に……なります」

「うん、よろしく!」

 その答えに満足したように、近藤は笑顔で彼女を迎え入れた。



 近藤との面談を終えた泉は、土方と共に、彼女の職場となる厨房に向かう。

「なんというか……驚きました……」

 人斬り剣客集団のトップとは思えない朗らかさ……いや、愛嬌とも呼べるものを持つ近藤に、泉はかなり驚いていた。

「あ~……あの人はああいう人なんだ。変に生真面目と言うかな……」

 新選組の中核を担っているのは、近藤が当主であった試衛館しえいかんの門弟や食客しょっかくたちである。

 だが、組織が拡大するに従い新たに隊士を募集したことで、それこそ有象無象うぞうむぞうの者が集まった。

 ともすれば烏合の衆になりかねない新選組を一つにまとめているのは、この近藤の、無垢とも言える、無骨な人柄によるところが大きい。

「それに、お侍さんって食べ物の好き嫌いとか、そういうのあまりこだわらないイメージが有りましたね」

「いめぇじ?」

「あ、すいません。そういう、その、食事にこだわるのはけしからん的な印象があるというか……」

 うっかり外来語を使ってしまい、慌てて取り繕う。

「ああ、まぁ、ちょっと前まではそうだったんだがな」

 泉の預かり知らぬことだが、新選組はその隊士の数の多さに反し、実働できる数が常に制限されていた。

 その理由が、職務でケガをした者や、なにより、想定よりも多い病人の発生であった。

「医者を呼んでな。病人の発生を抑えるにはどうすればいいか、尋ねたんだ」

 その医師は、幕府からも認められるほどの名医であった。

 組織の問題点を、専門家を呼んで改善の糸口を掴む。

 若い組織だからこそできる、柔軟な発想であった。

「病人の発生を抑えるには、清潔にすることと、滋養のある食事を心がけることが重要だそうだ」

 衛生的な暮らしと、バランスの取れた食生活は、心身を健やかにする第一である。

「男クセェ場所だからな、ほっときゃウジやシラミやハエが湧く」

「うえええ……」

 むさ苦しい男たちが集団生活しているのだ、当時の基準でも、決して清潔とは言いがたかっただろう。

「んで、そこらへんは徹底させた。おかげで、だいぶマシになったんだが……」

 ちらりと土方は、廊下の隅に目を向ける。

 なんの変哲もない板張りの床だが、おそらく数日前までは泥やホコリが積もり、不衛生極まりなかったのだろう。

「だが食い物のことは、さすがにどうしていいかわからねぇところがあるからな」

 この時代の人間に、栄養学の概念は薄い。

 都市部の富裕層ならばともかく、一般庶民の食生活は、基本的に「塩辛い漬物で、大量の米を食う」が基本だからだ。

 その米すらも、ヒエやアワなどの雑穀を加えた玄米食である。

「とりあえず、そのお医者の先生の助言に従って、豚を飼い始めたんだがな」

「え、豚!?」

 意外な言葉が出てきたことに驚く泉。

 そこに、ちょうどタイミングを見計らったように、庭を数頭の豚が横切っていった。

「新選組が……豚育ててたんだ……」

 意外な歴史の事実に、唖然とする。

 日本で肉食が行われるようになったのは明治時代からと思う人が多いが、それは正確ではない。

 この時代でも、牛や馬、鹿にイノシシ。さらには狐に狼に猿に犬まで食べられていた。

 江戸市中においても「ももんじ屋」と呼ばれる店が、表向きは「薬」として肉料理を提供していたのだ。

「食うんですね、肉……」

「ああ、確か、水戸の若様なんて、豚肉好きが高じて、“豚一様ぶたいちさま”と呼ばれているそうだ」

「それ、悪口じゃないですか?」

「それはオレにもなんとも言えん」

 水戸の若様とは、徳川最後の将軍となる、徳川慶喜よしのぶのことである。

「ただ育てても、どうやって食って良いのかわからねぇんだよな」

 困ったような顔をする土方。

 この時代、肉食は行われていなかったわけではないが、あくまで高級品だった。

 基本的に畜産はまだ小規模で、大半が狩猟によって得られたもの。

 それ故に、絶対数が少なかったからだ。

 肉食が一般的でなかったのは、宗教的な理由よりも、そちらの方が大きいと言われている。

「あ~~~なるほど」

 言われて、泉は腕を組んで考える。

「酒と醤油と生姜で、じっくり煮込んで、煮豚にするのが一番ですね」

 煮込むことで、臭みも取れるし、余計な脂も抜ける。

 獣臭さだけでなく、「脂っこさ」にも抵抗のあるこの時代の人間が食べるには、妥当な調理法である。

「ほう……」

 なにげない会話のつもりだったが、土方は興味深そうに口端を上げた。

「やっぱりな……オメェは昨日の一品だけでなく、色々と料理に通じているみてぇだ。それも、そこらの料理人とは、異なる流儀でな」

「ん………!」

 他愛のない会話から、相手の力量を読み取る。

「鬼の副長」として歴史に残る男の割には、意外と気さくだと思いかけていただけに、その鋭さに、泉は背筋が冷たくなった。

「ま、今はそれでいいさ。新選組がお前に求めているのは、その腕と知識だ。それさえ十全に発揮してくれりゃ、なにも言わん」

 今は、という部分が引っかかったが、先程近藤が言ったように、出自や経歴よりも「いまなにができるか」、それが新選組にとっては重要なのだろう。

「オマエの務めってのは、オマエが思っている以上に重要だ。気合い入れろよ……って、ま」

 脅すような口調かと思ったら、そこで土方は少しだけ口元を綻ばせる。

「そっちはあんま、心配しなくて良さそうだがな」

「はい?」

 言っている意味がよくわからず、泉は戸惑う。

「ところであの~……今後のことなんですが……」

 それよりも、働くことが決まった以上、はっきりさせておきたいことがいくつかあった。

「なんだ? 報酬の話か? 一応は平隊士に準じた扱いで、役目に応じてそこらへんは加増する形にするぞ」

 新選組は、いうなれば一種の傭兵集団である。

 幕府への忠誠心もあろうが、第一に、恩賞がきちんと支払われるかが大きな問題であった。

 その重要性は土方も理解しているのか、新選組の金勘定は、想像以上にしっかりしている。

 隊内の掟を記した局中法度きょくちゅうはっとからして「勝手な金策をしてはならぬ」とあり、平隊士のみならず、幹部級すらそれを理由に切腹をさせられたほどである。

「あ、いや、それも大事なんですが……」

 なにせ、頼る者なき幕末京都である。

 お金は現代以上に大切だ。

 だがそれ以上に差し迫っているものがあった。

「ボクはどこで寝起きすればいいんですかね?」

「む?」

 言われて、土方はわずかに困ったような顔になる。

 新選組の本拠地――屯所があるのは、現在の京都市中京区にある壬生寺……ではなく、その北側にある、豪農の前川家や八木家の邸宅を間借りしていた。

 それなりの広さはあるものの、隊士たちの数も少なくない。

「個室……難しいですよね……」

「う~ん」

 泉に問われ、土方は腕を組む。

 大半の平隊士は、大部屋で雑魚寝暮らしである。

 そこに、十代の年頃の娘を放り込むのはさすがにいただけない。

 いろいろな意味で問題がありすぎる。

「個室が許されているのは、幹部級だけだからなぁ」

「ですよねぇ」

 土方も、内心ではおもんぱかってやりたいと思っているのだろうが、特別扱いしすぎれば、それはそれで組織の和を乱す。

「方法がないわけじゃあねぇが……アイツなぁ……」

 しかし、土方の困惑は、泉のソレとはやや異なっていた。

 方法はある。だが、それはとても厄介である――言外にそんな空気を漂わせていた。

「あの……」

 なにかあるんですか? と、泉が問いかけようとした矢先、その声が投げつけられた。

「おやおや、それが新しい賄い方サンですか?」

(え?)

 その声音を聞き、泉は驚く。

 からかうような、あざけるような、女の声だったのだ。

 振り向くとそこには、年の頃は泉とさほど変わらなそうな容姿――実際にいくつかはわからないが、外見だけなら十代後半くらいの、陽気そうな少女が立っていた。

 それも、他の隊士と同じ、ダンダラ模様の羽織をまとって。

「え………?」

 てっきり男だらけの男のみの集団と思っていた新選組に、こんな年頃の娘がいることに、ただ驚く。

 しかし、それはまだ序の口であった。

「なんだァ……どこで知りやがった、沖田」

「はい⁉」

 土方の言葉に、泉は耳を疑う。

 新選組の沖田……といえば、歴史に疎い泉でも、名前くらいは知っている。

 ある意味で、近藤や土方以上の有名人、一番隊組長沖田総司である。

「沖田って……沖田総司!? ええええ!?」

「なんです?」

 うろたえる泉に、沖田は怪訝な表情を向ける。

「ま……そんな顔をされてもしかたありませんか。ええ、私が沖田ですよ。新選組の人斬りです」

 くくくと、酷薄な笑顔を向ける沖田。

 てっきり、泉が「人斬り沖田」を前に取り乱したのだと思ったのだろう。

 だが、そうではなかった。

「女の子!」

「は?」

「え、沖田総司って女の人だったの!? し、知らなかった……」

 女剣士――と言われれば、いかにもフィクションの産物のように思われるが、史実においても実在した。

 そもそもが男性本位と思われる武家社会だが、戦国期までは女性にも家督相続権があり、女性の大名も少数ながら存在した。

また江戸期になっても、相続する男性がいなかったため女性が男装の上で相続をした例が、わずかながら確認されている。

 さらには、公式に「男装し、武芸を仕込まれた女性」もあり、「別式」と呼ばれた彼女らは、剣術や槍術のみならず、弓術馬術まで修め、その腕は形骸化した太平の武士よりも上だったとさえ記録されている。

 とはいえ、沖田総司が女性だったというのは………

「そっちですか……」

 ズレた反応を返されて、構えた沖田のほうがはしごを外されたような顔になる。

「くく……」

 そして、その反応を見て、土方が笑みをこぼす。

「やるじゃねぇかオマエ、沖田相手に初対面でそんな上等かますなんて、大したもんだ」

「は、はぁ?」

 なにがおかしかったのかわからぬ泉の頭を、おもしろそうに土方は叩く。

「…………」

 少しだけ、沖田の顔に、影が指す。

「けったいなよそ者を拾ってきたと思ったら……なんです? 最近はそういうのがご趣味で?」

「なに言ってんだオメェ」

 毒づく沖田に、土方はにらみつける。

「前に、お医者の先生を呼んで、いろいろと助言をしてもらったろう? 隊士の食生活の改善のため、オレが引っ張ってきた。腕はオレが保証する」

「ふぅん……」

 土方の言葉に、沖田はずいぶんとくだらなそうに返す。

「お医者の言葉にいちいち右往左往するなんて、士道とやらもずいぶんと土台の脆いものなんですねぇ」

 言って、皮肉げに笑う。

「人間死ぬときゃ死にますよ。どんないいモノ食っても、どんな悪いモノ食っても、刃は等しく平等です。斬られたら、死ぬ。そこに他の理屈は入り込みません」

 その皮肉は、土方だけにではなく、自分自身にも言っているようであった。

「ましてや、そんな余所者を引っ張り込んでやりたい放題させるというのは、いかがなものでしょうね」

 そして、その視線は泉にも向けられた。

「お体によろしい滋養のあるもの? そんなことに気を使う以前に、まず、毒でも入れられないか、そちらを注意すべきでは?」

 口調は軽いが、目は本気だった。

 そんな余所者を招き入れ、食事に毒でももられたらどうすると、当人である泉を前にして言っているのである。

「ねぇ……ええっと……?」

「あ、えっと……稲葉――」

 名前を問われたと思い、慌てて名乗ろうとしたが、その前に、沖田は制する。

「結構、別に聞いていないし、覚える気もありません」

「なっ――?」

 初対面の人間に、無礼と言うか、それ以前にケンカを売っているかのような言い草。

 物腰が穏やかなだけに、昨日の鍬次郎よりもある意味たちが悪かった。

「いきなり素性の知れない人間を連れてきて。そんな人間の作ったものを食えと言われても、危なっかしくて仕方がありません。再考を願います」

 再び、沖田は視線を土方に向ける。

「既に局長は承認している」

 そんな沖田に、土方は微塵も揺るがず応える。

「一番隊組長として、私は隊士を預かる身なんですよ……」

「一番隊組長の、貴重なご意見として承っておく。今後の参考にさせてもらう、以上だ」

 にらみ合う両者。刃を抜いていないのに、言葉のやり取りだけで、下手な切合以上の剣呑な空気が広がっている。

(この人たち……仲悪いのか……?)

 そして、そばにいるだけで、その空気に圧倒されている泉。

「随分と陰険になりましたね、まったく、副長サンは……」

「なんだ? 言いたいことがあるなら言いやがれ」

 なおもにらみ合う両者だったが、沖田がポツリと、聞こえるか聞こえないかギリギリの音量でつぶやく。

「ヘタの横好き」

「なぁ――――!?」

 その一言に、なぜか激高する土方。

「おいコラ……! なんだそれは? なにが言いたいテメェ!?」

「いえ別に……なにも? ただ、みんなを笑わせられるものを作れるなんて、副長サンは多才な方だなぁと思っただけですよ、ええ、ええ」

「やっぱアレを持ち出したのテメェだったか!!!」

 ぎりぎりと歯をきしませる土方。

(なんの話だ?)

 キョトンと、首をかしげる泉。

 彼女は預かり知らぬことだが、副長土方歳三、「鬼の副長」とあだ名されし彼だが、意外な趣味がある。

 それは俳句――しかも、恋の歌のたぐいも歌うという、日頃のイメージからは似合わぬロマンチストぶりであった。

「いやはや、さすがは豊玉宗匠ほうぎょくそうしょう

 豊玉とは、土方が自分でつけた俳号……ペンネームのようなものである。

「武田さんとか大爆しょ――もとい、大変個性的で素晴らしいと、涙を流して絶賛してましたよ」

「そら涙流すほど笑ってんだよ!」

「おや? 笑われるようなものを作った自覚があったんですか、宗匠? もとい副長」

 新選組には「局中法度」と呼ばれる、違えれば切腹という鉄より硬き掟がある。

 その中の一つ「私ノ闘争ヲ不許」がある。

 つまりは、「ケンカすんな」ということのだが……

「このヤロウ表出ろ!! やってやんじゃねぇかコンチキショウ!!!」

 それを作った張本人が激怒していた。

「ちょっと落ち着いてくださいよ土方さん、そんなムキにならなくても……」

 さすがに見ていられず、泉が止めに入る。

「………………」

(え?)

 そんな泉に向ける沖田の目が、一瞬、激しさを増した。

「ともかくだ……」

 だが土方は、沖田の異変に気づかず、息を整え、話を変える。

「こいつは、オマエの部屋で面倒見てやってくれるか?」

「「は?」」

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