ホロ神伝説七不思議

玻津弥

ホロ神伝説より


 あるところにホロという名の神がいた。彼は、大の人間嫌いで有名だった。

 

 これは、ホロが気まぐれによって初めて天界から人間の島に降りてきた時のことである。


 ホロは自分が島にやってきたことの記念に島の人間に碑を建てるようにと命じた。



「ここに私の名を刻むのだ」


 ホロがもったいぶってそう告げた。


「ホロ神、と」

 

 それを聞いた男はへぇ、と頭をかいた。


「で、字はどのようなものにするんで?」


「字は字だろう」


「いやぁ、この島にはひらがな、カタカナ、ローマ字ってもんがありましてね。どれにしましょうか」


「そうか。ならば、書いて見せろ」


 男はさらさらと紙の上に三つの字を書きあげた。


ほろ

 

ホロ


HORO


「真ん中の字がいい」

 

 ホロが言った。


「カタカナですかい」


「だが、気にいらないことが一つある」


「はぁ。なんでございましょう」


 男はあくびをふああとした。


「字のセンスだ。お前の字には繊細さが欠けている。字は人を表すとは言ったものだな」


 繊細さ?


 男は首をひねった。


「繊細さ、ってなんですかい? あっし、そういうもんには縁がないもんで」


「ならば私を見て、その目に焼きつけておくがいい。私の体を成す構成要素のひとつなのだからな。生きる上での教養になるだろう」


「はぁ」


 男は頭をぼりぼりとかいた。


 ますますわからなくなったような気がしていた。


「もういい。お前はその辺で居眠りでもしていろ。字は、私が書こう」


 とは言っても、ホロは字など一度も書いたことがなかった。


 それどころか筆を握るのも初めてのことだった。


 結局、本当に居眠りしかけていた男を叩き起こし、筆の持ち方から教わることになった。


 ホロが男の書いた字を見本にまねるのだが、まず何の字にも読めないようなものができ上がった。


 そして、幼児の描いたような字をさんざん書きなぐった後、やっと人並みの字が見えるようになった。


 ホロは一筆ごとに隣りで教える男の頭に墨を飛ばし、わざとやってるのではないかと思わせるほど墨をこぼした。


 そうして、辺りがホロのこぼした墨汁で真っ黒になったころ、ホロはやっと手を止めた。その顔に満足そうな笑いをたたえて。


 男はというと、疲れ果てていて意識が飛びかけていたところだった。


「できたぞ!」


 歓喜の声を上げてホロが完成した字を男の顔に突き付けた。


 男は寝ぼけた目でその字を見た。


 よれよれとしたその字は、苦労の末ちゃんと読めるものになっていた。


 ホロの求めた究極の文字がここにある。


 男はこれが繊細な字というものなのかと思いながら、字を読んだ。


 ポ


 男はもういちど読んだ。


 ポ


 しつこいが、もういちど読んだ。


 ポ


 どう見ても、何度読んでもカタカナの『ポ』。


 ホロと書いたはずだったのが、ホの右上についたロが小さすぎて丸に見えてしまっていた。


「あ~、あのだね、この字は…」


 男が言いかけると、ホロがこわい顔をした。


「なんだ、文句でもあるのか」


「……。あ」


 改めて自分の手本を見てみると、男の書いた字もロの字がやや小さい……ような。


「どうした」


「いやぁ、まぁ、とてもいい字ですよ……」


 男はそれ以上なにも言わないでおいた。



 そして、それから島には『ポ』とだけ掘られた石碑が建っている。


 世界の七不思議はこうして増えることとなった。


ホロ記12章より

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ホロ神伝説七不思議 玻津弥 @hakaisitamaeyo

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