第29話「……ね? 否定してなかったよね?」
実際のところ、間石が殺人を犯していないことは誰の目にも明らかである。あの殺人現場は主催者側が予め用意していた架空のもので、マコたちが此処に来る以前からセッティングされたものなのだ。当然被害者など存在していないし、事件なども本当は起こっていないのである。
──つまり、マコたちの中に殺人事件を起こした真の犯人などいるはずがないのだ。
それでも、清澄は上手くみんなを誘導して、間石以外は犯人が不可能という状況を作り上げた。他四人のアリバイを確定させることによって、間石の逃げ道を塞いだのである。
多少の暴論であっても、この議論は端から言ったもの勝ちである。
間石がそれを認めなくても構わない。要は印象操作──でっち上げの心理戦を勝利すれば良いだけである。
嘘も詭弁とはよく言ったものだ。
嘘、偽り、空想で──清澄は間石を殺人事件の犯人へと仕立て上げた。
──ところが、追い詰められているはずの間石だが意外にも焦った表情はしていない。状況を理解していない鈍感なのか、あるいはこの形勢を覆す算段でもいるのか──ケロリとした表情をしている。
間石はふとこんな質問を清澄に投げ掛けた。それが悪あがきのつもりなのか素朴な疑問を口にしただけなのかは分からない。
「この殺人事件の被害者だけどさぁ……。犯人と顔見知りだったと思うんだけれど、その点についてはどう思う?」
「何を唐突に……。顔見知りだと? どういうことだ?」
間石からの意味不明な質問に、清澄は困惑してしまう。
「前回、この殺人事件の動機についてみんなで触れたよね? その時は『誰でも良かったから』……っていう解釈が主流で、通り魔的な犯行だって話で落ち着いたけど……、それって本当にそうなのかなぁ?」
それは眼鏡の男が適当に後付した犯行の動機であった──。
──そんなことを言った眼鏡の男も、処刑されてしまって今やこの場にはいない。
間石の質問に、清澄は面倒臭そうな顔になる。ここまで上手くいったのだ。後は素直に敗北を認めてもらいたいところである。
「そんなの、どうだって構いやしないだろう。どんな動機があったにせよ、君が犯人であることは間違いないのだから……」
それでも、間石は自身の発言を撤回するつもりはないようだ。納得のいく答えが得られなかったらしく、再度同じ様なことを口にした。
「あの犯行は、通り魔的なものじゃなかったんじゃないかな? 実は、顔見知りによる……入念に計画が練られた犯行だったんだよ! そうは思わないかな?」
「はぁ? お前が、あの被害者と顔見知りだったってことを言いたいのかぁ?」
「違うさ。そんなことはないよ。でも、顔見知りの犯行だったんだ。そう思わない?」
同じ言葉を繰り返し口にする間石に、清澄はウンザリしたような顔になる。一体何が言いたいのか、余りのしつこさに、攻め手である清澄も相手にするのが面倒に思ったらしく口を噤んでしまった。
成り行きを見守っていたマコたちも、間石のしつこさは不自然に思えていた。だからといって、わざわざ横から口を挟んで地雷を踏むような真似をしない。
場がしばらくしぃんとなって誰も発言をしなくなると、間石は唐突にパンッと手を叩いた。
「はい! ……じゃあ、顔見知りの犯行でオッケーってことで!」
「……はぁ? なに、勝手に話を進めてんだよ!」
間石が突然そんなことを言い出したので、清澄が怪訝な顔になる。
ところが、間石も物怖じしない。逆にビシッと清澄の顔面に人差し指を向けたものである。
「散々提示したのに、否定をしなかっただろう? 無言の了承……それは即ち、俺の考えに賛同したってことだよね。誰も何も言わなかったんだから……」
「ないない。よくないよ。……これでいいんだろう?」
そう言われて、清澄は今更ながらに否定してみせる。
「今更遅いよ! ……ね? 否定してなかったよね?」
間石は、最早清澄など眼中にないようであった。この中での一番の権力者──カメラに向かって、持論を訴えた。
『確かに否定されない場合は、承諾とも捉えることができますね……。それで良いと思います』
間石の追い風になるような警官の言葉に、清澄は息を呑んだ。
「うっ……!」
「へへー、ほーらみろ!」
間石が勝ち誇ったかのように笑いを浮かべる。
「……だ、だから俺は否定しただろう!」
「それは、僕が指摘してあげたからだよねー。言われてからやったって、そんなのは無効だよねー?」
再び指示を仰ぐかのように間石はカメラに向かって尋ねた。
『そうですね。今回は、「誰にも否定されなかった」と捉えて良いかもしれません』
「だよねー!」
警官を上手く後ろにつけた間石は調子づいたものである。
対して、清澄は悔しそうに顔を歪めた。
この場を取り纏めている警官にそう言われてしまっては、これ以上反論することも出来ない。なんせ、清澄自身も警官のルールを上手く使っているのであるから。──それを否定しては、根本が崩れてしまう。
──まぁ、良い──と、清澄は思い直した。
「……だが、それがなんだって言うんだよ。お前が犯人だってことには、何ら変わりないじゃないか!」
被害者と犯人との関係がどうであれ、間石は殺人犯のレッテルを貼られたままである。状況は何も変化していないように思えた。
──ところが、相変わらず間石は余裕の笑みを崩していない。それには勿論、裏があった。
「じゃあさ……、俺が被害者と顔見知りだという証拠を見せてくれよ」
間石は清澄に向かって手を伸ばした。
「証拠だと? 何で僕がそんなことを……」
「殺人事件の犯人の動機は知人への深い怨恨……だよね? 僕にはそれがないんだ。怨恨がないなら辻褄が合わないから、僕が犯人とは言えないよねー」
「え……はぁっ?」
間石の返しに清澄は顔を顰めた。
犯人呼ばわりされた間石は、どうやら色々と気持ちが吹っ切れたようだ。
徹底的に場を掻き乱して混乱させれば、議論は収集つかなくなる。そうなれば前回のように警察側から制止が入るはずだ。
──タイムアップ、そこまで──と。
そうなれば犯人を挙げることが出来ず、虚偽通報者として処刑されることになるのは清澄である。
これまで、清澄に対して何ら負の感情を抱いていなかった間石だが──今や憎しみ一杯の視線で清澄を睨み付けていたのであった。
──清澄からしてみれば、ここまで順調に事を運んで来たつもりであったのに、間石に掻き乱されて苦しい状態に陥ってしまった。
ここまで積み上げて来た筋道が、全ておじゃんである。また一から、新たな手立てを構築していかなければならないという焦りが出ていた。
何とかこの状況を覆さなければ自分の身が危ぶまれることになってしまう。──通報者は清澄なのだ。
犯人を挙げなければ、処刑されるのが自分であることは当然分かっていた。爪を噛み、必死に頭を回転させた。
──何かないか……何か……。
そうして清澄がグルグル思考を巡らしていると、間石が煽り出した。
「軽率に情報を確定させたのは落ち度だったな。……俺は被害者とは面識がないんだから、お前が提示した犯人像には当て嵌まらない。なんせ、動機がないんだからな!」
間石は清澄を挑発するかのように大きな笑い声を上げた。
形勢逆転──。
清澄が追い込まれたかのような状況──しかし、まだ清澄の瞳には輝きが残っていた。何とか活路を見出そうと、思考を張り巡らせていた。
「……さっきから好き放題に言ってくれているが……ただ話をはぐらかしているだけだろう。どうあれ、君が犯人であるという事実は捻じ曲げることはできないよ」
「そんなこと言ってもなぁ~。だって、俺は本当に犯人じゃないんだ。動機がないもん」
間石は白い歯を見せて、ニタァ~と笑った。
また上手くかわせるだろう。
──そう思ったようだが、清澄に首を振られてしまう。
「いや、違うね……」
清澄は逆転の発想を生み出したらしい。今度は清澄の眼光が鋭くなった。
「顔見知りの犯行だから動機がない? ……本当に、そうだといえるのか? そもそも、君が被害者と面識がないなんて話は、これまで一度だって出ていないだろう?」
「……だからさぁ~」
間石が面倒そうに頭を掻きながら呟く。
「俺が被害者と顔見知りだっていうなら、その証拠を見せてみろっていうの! まぁ、お前が何と言おうと、そもそも無駄なんだけどな……」
間石には何か策があるらしい。
ポケットの中に手を入れて──取り出したのはディスクであった。どうやら追い打ちを掛けることにしたらしく、取り出したディスクをみんなに掲げて見せたのだった。
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