第28話「消去法からして……犯行が可能なのは君だけさ。」
他の反論を封じた清澄は、パンパンと手を叩いて仕切り直す。
「それじゃあ、文句もないようなので……先ずは事件のおさらいをしてみようか。殺人事件……被害者は【殺人現場】に倒れていた死体……それで間違いないよね?」
清澄が同意を求めるかのようにマコに視線を向ける。
「う、うん。そうだね……」
マコは【殺人現場】の部屋の中を思い返しながら頷いた。
「……で、前回の議論で、それは自由行動中に行われた事件であった……ということまで解明された。それで異論はないか?」
「うむ……」
「うん、そうだね」
「そうだったな」
足達、マコ、間石は特に考えもなく、これまでの話の流れを踏まえて返事をする。
「……君はどうだ?」
清澄の視線が黙っている綾咲へと向けられる。
「私が、なに?」
「自由行動中に殺人があったってことで異論はないかと聞いてるんだ。話を聞いているのか?」
「聞いているわよ」
「だったら、ちゃんと返事をしろ!」
清澄が語気を強めたので、綾咲は眉根に皺を寄せた。
「こんなところで躓いていては、話が次に進まないだろう! ボーッとしていないで、君も話に参加してくれよな! ……で、異論は?」
「……ないわよ」
ムスッとしつつも綾咲は頷いた。
──みんなから同意を得られたことで清澄の表情は穏やかになる。
「ありがとう、みんな」
そして、清澄は不適に笑うのであった。
「さらに、この殺人事件を語る上で、切り離すことができない、もう一つの事件があるのだけれど……」
「もう一つの事件?」
マコが首を傾げる。
「覗きの件か?」
足達が尋ねると、清澄はにこやかに頷いた。
「覗き……?」などとマコはあくまでも心当たりがないように首を傾げている。──もしかしたら、辛い記憶を脳内で勝手に忘却の彼方へと葬り去ってしまったのかもしれない。
「自由行動中に、二つ事件が同時に起こった。だから……片方の事件の参加者は、もう一方の事件に顔を出せないアリバイがあるということになります。……覗きの被害者であるマコと綾咲さんは、殺人事件の犯人ではありえない。……それは、お分かりでしょうかね?」
「影分身でもしたのかもしれないがなぁー」
冗談のつもりで口にした間石だったが清澄にキッと睨まれ、口籠ってしまう。
「はいはい、すみませんでしたー。……続けて」
「……それから、廊下で複数人に目撃されている足達教官にも犯行は不可能です」
足達の姿が廊下にあったことはマコも綾咲も目視している。もしも、濡れ衣を着せてくるつもりなら反論しようと身構えていたマコだったが、どうやら杞憂だったようだ。
「実はもう一人、アリバイのある人物が居るんですが……」
「えっ!?」
清澄の言葉に、マコが驚いたように声を上げてしまう。
確か、前回の話では清澄も間石も廊下に居たかどうかハッキリとは分からない状態であったはずだ。──まさか、亡くなった眼鏡の男とでも言うつもりなのだろうか。
しかし、もしも清澄と間石──どちらか一方のアリバイが成立するとすれば、自ずと犯人はもう一人ということになる。
「誰なのー、それ?」
マコが尋ねると──。
清澄は俯いて悲しげな顔になった。
「……実はね……浴場に侵入して覗きをしたのは、僕だったんだよ……」
──それは唐突な、罪の告白であった。
場がしぃんと静まり返る。
「えっ?」
「はっ?」
誰しもの頭に疑問符が浮かんだものだ。
──ただ、冷静に場を見ていた綾咲だけは、清澄の発言が意図することに気が付いたようである。
「……そう攻めるつもりね」と、感心して頷いている。
「えっ、でも……前回、清澄君は覗きをやってないって言ってなかったっけ?」
前回の発言──清澄が否定した呟きを、マコは聞いていたようであった。主張が二転三転する清澄にマコは冷ややかな目を送る。
清澄は俯いて肩を落とし、必要以上にションボリした。これも、清澄の作戦であるのだろう。
「前回は、眼鏡の奴に言いように利用されていたからさ。……覗きの罪まで被りたくなかったから、ついつい隠しちゃったんだ。……それに……今回は偽証の罪に問われちゃうから、きちんと真実を伝えないと。僕だって嘘をついて死にたくないからさ」
清澄の言葉は何処か演技掛かっていた。
「でも、それって……」
──嘘をついたのでは?
とマコは思ったが、どうやら違うらしい。
「偽証は今回からだよ? 前回までの発言は含まれないさ。だから、こうやって改めて色々と確認しているんじゃないか」
「ああ、そうなんだ……」
清澄は事前に警官たちに色々と確認を取っていたようだし、まさかこんなところで足元を掬われることはないのだろう。
「……で? どういう理由で、覗きをしたっていうの?」
綾咲が話を戻すと、清澄は頭を抱えて大袈裟に息を吐いた。
「風呂に入ろうと思って浴場に行ったら、中から君たちの声が聞こえてきて……、つい……。というか、魔が差しちゃって覗いたんだ……」
「酷いよ、清澄君……」
「ごめん、ごめん!」
マコは本当に清澄の言葉を信じたらしい。頬をプゥーッと膨らみせて顔を真っ赤にしている。
清澄は申し訳なさそうな顔をしてペコペコと頭を下げた。
──どこまで本当なのか、怪しいところである。
綾咲はフンと鼻を鳴らした。
あの浴場は秘密扉の中にあり、綾咲たちがそれを見付けたのもたまたまのことである。それをどうして清澄が知っているのか──。臭い芝居に思えてならなかった。
「……貴方の言いたいことは分かったわ」
清澄の発言の真意を汲み取り、綾咲は頷いた。
「……つまり、貴方は誰が殺人の犯人だと言いたいの?」
綾咲が目を向けると、清澄は顔を上げた。
──やはり、反省の色などなく真顔である。
「当然、当時アリバイがなかった奴だろう。必然的に……間石君ということになるよね」
そんなことを言いながら、清澄の視線は間石へと向いた。
──みんなの視線が間石に集まる。
「えっ、俺……?」
急な展開に、間石はついていけていないようだ。目を瞬いて、みんなからの視線に戸惑っている。
「……だってそうだろう? 僕たち四人にはアリバイがある。マコと綾咲君は被害者だし、足達教官は目撃者。僕は覗きの犯人なんだ……不本意ながらね。君だけあの時間のアリバイがなかったことになるじゃないか。消去法からして……犯行が可能なのは君だけさ。……だから、君が殺人事件の犯人だってことだよ」
──清澄は最初からこれを狙っていたらしい。
今回の清澄のターゲットは、どうやら間石のようだ。
間石を陥れる算段を、始めから組み立ててきたようであった。
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