第30話「……都合の良い偶然もあるものね」
「なんだ、それは……?」
清澄はそれが良くないものであろうと予測して怪訝な顔になる。
間石の掲げたディスク──それは一体、何なのだろうか。
「【殺人現場】から持って来た証拠品の一つだよ。防犯カメラの映像が入っている」
「防犯カメラぁ?」と、マコが首を傾げた。
「 あの部屋に、防犯カメラなんてあったっけぇー?」
思い返してみるが、防犯カメラが設置されているかどうかなど意識して見ていないので浮かんで来ない。あったと言えばあったようだし、なかったといえばなかったような気がする──そんな程度の記憶である。
間石はそんな疑問の声に溜め息を吐く。
「気付かなかっただけだろう? ちゃんとあったよ。なんなら、この話し合いが終わったら見に行ってみるといい」
──その言葉が真実なのか、あるいはハッタリであるのか。どっちとも取れるような言い方であった。
それが事実であろうが嘘であろうが、現時点では確かめようがないので間石が自信満々になるのは当然のことだ。
「このディスクにはね……、犯人と親しく話をする被害者の姿が映っているんだよ」
しかも、それには重大な映像が写っているらしい。
「本当!? じゃあ、それで犯人が分かるじゃない!」
ならばそれまで万事解決ではないか。
提示された意外な証拠品に嬉しそうに手を叩くマコは、かなり入り込んでしまっているらしかった。
──ところが、そう甘い話でもないようだ。間石は「いや」と、首を左右に振るって残念そうな顔になる。
「さすがにこの映像には、犯人の顔までは写っていないよ。……ちょうど死角になっていたみたいだから」
「……都合の良い偶然もあるものね」
ピンポイントで、犯人の顔だけが映らないことがあるだろうか。──作為的な映像の存在に、綾咲は思わず笑ってしまった。
犯人と話す被害者の姿が写った映像──。
間石の持っている証拠品は、かなり使い勝手が良いものであった。
これを武器にすれば、間石が清澄を攻め立て犯人を押し付けることも容易いように思えた。
──しかし、間石はどうも気が引けているようであった。なかなか踏ん切りが付かないようで、ディスクの映像もなかなか再生させようとはしない。そんな間石の後ろ向きな態度は、暗にそれが決定打に欠けている証拠品であることを表していた。
清澄も勘が働いたようで、そのことを察した。
「なるほどね……」と頷いた清澄は、フンと鼻を鳴らした。
「それじゃあ、参考までに……そのディスクの中身を見せて貰おうか」
清澄が手を出すが、間石は首を振ってそれを拒否する。
「これは公開するつもりはないさ」
「はぁ? 君、ここまで散々に勝手なことを言っておいて、今更 何を言ってるんだよ!」
「……言っただろう? このディスクの映像には、被害者が写っているんだって。プライバシーの問題もあるだろうし、許可も貰っていないのに勝手に公開することなんてできないだろう?」
間石はどうしてもそれを見せたくないようで渋った。色々と体裁を取るためにあれこれ理由を述べているが、そもそも被害者も居ないのだから許可もなにもないはずである。
何かしらの意図があって、それを再生することを拒んでいるのだろう。
「それじゃあ、議論がちっとも進まないじゃないか!」
掻き乱されるだけ掻き乱しといて躊躇する間石に、清澄は相当に苛立っているようだ。
それでも、間石も頑なに譲らなかった。
「何とでも言えば良いよ。……別に、僕だって、事件解決の糸口になるならこの映像を公開してあげたいよ。……ただ、どうしても見たいって言うのなら被害者に直接許可を取ってきてくれよ。勿論、遺族でも構わないよ。承諾を得られれば見せてあげられるから。……ま、無理だろうけどね……」
間石はクスリと笑った。端から映像を見せる気などないらしい。
あくまでも場を混乱させることのみに執着した間石が、そんなとんでもないことを口にした。
誰かも分からない死人から公開の許可を取ってくことなど、そもそも無理な話である。
そうなると、そこに『被害者と犯人』が写っているかどうかも疑わしい。単なる外側のディスクだけでデータは空っぽ──その可能性だってあるわけだ。
──まぁ何にせよ、言った者勝ちである。確かめようがなくともそこに『被害者と犯人』が写っているというのなら、それを前提にして話を進めていかねばならなくなったわけだ。
勝ち誇ったかのような顔をする間石と、舌打ちをする悔しそうな清澄の視線とが交錯するのであった──。
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