第22話「……タイムアップです」

 眼鏡の男がその場に残った理由として考えられるのは、細工をするためだ。みんなが出て行った部屋に一人留まり、清澄の上着のポケットに細工をすること──。

 予め用意していた証拠品を清澄の上着のポケットに忍ばせたのだ。


──しかし、随分と用意周到である。

 まるで、初めからこうなることを眼鏡の男が予測していたかのように、予め証拠品を用意していたように思える──。

 そこで清澄はハッとなって気が付いた。


「僕の名前を騙って、警察に通報したのはお前だな!」

 声を荒らげる清澄の言葉に、眼鏡の男は怪しく口元を歪ませた。

「ああ、そうだとも。清澄の名前で通報させてもらったのさ。……しかし、まさかこうも上手くいくなんてね」

 フフフと眼鏡の男は満足気に笑みを浮かべた。

 そんな眼鏡の男に対して、みんなから冷ややかな目が向けられるのは当然のことだ。佐野だけではなく清澄にも同じ様に、証拠品を握らせ犯人になるように仕向けたのであるから。

 綾咲も軽蔑するような眼差しを眼鏡の男へと送った。

「……貴方、最低ね」


──だが眼鏡の男は、むしろそれに快楽を抱いたようである。

「いいね、いいね。なんとでも言ってくれよ! 最高だぁ! その、蔑んだような目ッ!」

 体をゾクゾクさせる眼鏡の男に、綾咲だけでなくマコまでもドン引いた。


「……さぁ。そろそろ罪を認めたらどうだい? 警察さんもお待ちかねのようだしね」

 眼鏡の男がニタニタと笑いながらそう清澄に促した。

 当然、清澄もそんな考えに乗れるはずもなく「僕はやっていない!」と訴えた。眼鏡の男が呆れたような顔になる。

「往生際が悪い奴だな……。君もいい加減に最期くらいは大胆に生きてみろよ。この女湯に飛び込んだ間石君みたいにね……」

「だから、俺はやってないってーの!」

 眼鏡の男の茶化すような言葉に、間石が慌ててツッコミを入れる。

──これで何度目の否定だろうか。


 綾咲は、いい加減にウンザリしているようであった。自分の裸を覗き見た犯人がいつまでも白を切っているのは被害者としては面白いものではないのだろう。

 同時に綾咲の怒りの矛先は、眼鏡の男にも向いていた。

 今は間石の覗きよりも清澄の殺人事件に焦点を当てるべき状況であることは分かる。しかし──実際に被害にあった女性たちが目の前に居るというのに、覗きの件を茶化して冗談として取り上げるのはどうかと思う。──綾咲たちとは感覚がズレているとしか言い様がない。


──ところがもう一人、ズレた感性の持ち主が身近に居たようだ。

「間石君は、本当に覗きをしてないの?」

 マコが呑気にそんなことを口にし始めた。今はその話を蒸し返している場合ではないのに──。

 急にスポットが当たった間石は、ここぞとばかりに声を上げた。

「ああ。俺はやってない! それこそ、神様仏様に誓ってやってもいい。俺は覗きなんて、やってないね!」

「分かった、分かった……。僕が引き合いに出したのが悪かったようだ。君は関係ないから、もうそれ以上は喋らず黙ってくれよ」

 呆れたように眼鏡の男が溜め息を吐く。


「……でも、そうなると変だよね」

──ところが、何故か尚もマコは覗き事件を掘り返していく。

「いや、君ももう良いって……」

 眼鏡の男が止めようとするが──ついには、綾咲までも話に参戦して口を挟んできた。

「……ん。 確かに、マコちゃんの言うことに一理あるかもね」


 自分で蒔いた種とは言え、話題が逸れてしまって眼鏡の男としては面白くないようだ。清澄を陥れるためにここまで煽り、あと一歩のところに迫っていたのに話が脱線してしまった。

──だが綾咲とて、ただマコに話を合わせたわけではない。マコのお陰で、綾咲はある矛盾点に気が付いた。

「間石君が覗きをしていない……というのなら、眼鏡君の言っていることは破綻してないかしら? ……だって、覗き事件があった時にアリバイのない清澄君だから殺人を犯すことができた……っていう主張だったわよね?」

「その通りだが? ……で、それのどこがおかしい?」

 唐突に『破綻』などと言われたものだから、眼鏡の男の表情が険しくなったものである。それでも、自身の発言の矛盾に気が付いていないようなので、綾咲が説明をしてやる。

「間石が覗きの犯人じゃない。……だとしたら、必然的に間石君のアリバイだってなくなるはずよ。清澄君が犯人だって決め付けることはできなくなるじゃない」

「そうだよね~。……もしかしたら、間石君じゃないなら清澄君が覗き犯だったのかもねー」

 綾咲の指摘に、マコも変に同調したものだ。

「いや。僕は覗きなんてしていないから!」と、清澄は否定の言葉を口にしていたが、誰の耳にも届いていないようであった。


「な、なんだよ、その発想……!」

 眼鏡の男は唖然としてしまう。

「何にせよ、そいつのポケットから被害者の遺留品が出て来た以上、そいつが犯人で間違いないさ!」

 ビシリと眼鏡の男が清澄を指差した。


「……なぁ、聞きたいんだが……」

 清澄が弱々しく呟いた。

「この遺留品を僕の上着のポケットに入れたのは、本当に君じゃないのか……?」

 眼鏡の男は自信満々に頷いたものだ。

「ああ! 勿論だとも! 僕はこれっぽっちも触っちゃいないよ! これを仕込んだのは、犯人である清澄君だけだ!」

「……そうか……」

 ふと、ボソリと呟いた清澄の口元が歪んだ。

 その瞬間──眼鏡の男はゾワゾワと寒気を感じた。


「足達教官、これを!」

 そう言って、清澄は何かを足達に向かって放った。──同時に駆け出し、清澄は眼鏡の男を後ろからガッチリと羽交い締めにした。

「な……なにを……!?」

 驚く眼鏡の男だが──しっかり組まれて、身動きを取ることが出来なかった。


「それはぁ……?」

 足達が受け取った品々を見てマコや綾咲は首を傾げている。何かの白い粉とライト、それから綿毛のようなものがついた棒であった。

「指紋検査キットのようだな」

 足達はそれらを見て、合点がいったようだ。

「ええ。何かあった時のために……もしもの時のために……そこの鑑識風の男から拝借してきたんですよ」

 そう清澄に説明され、マコは【殺人現場】の部屋の中の様子を思い返したものである。確かに鑑識風の男が証拠を採取しているようにイソイソと動いている姿があった。

「足達教官。それで指紋を採取してみて下さい。面白いことになるでしょうから……」

「ばっ……やめろ!」

 眼鏡の男は何かを悟り、止に入ろうとするが清澄とて死に物狂いである。どんなに暴れようとも簡単に手を離すような真似はしない。


 足達はどうすべきか少し迷っていたようだが、清澄に従って指紋の採取をすることにしたようだ。遺留品に粉を蒔き、綿毛で叩いて、ブラックライトで照らした。

──クッキリと指紋が写っている。

 しかも、清澄の策略はこれだけではないらしい。

「指紋が二つありますね。一つは足達教官のものでしょう。……もしかして、足達教官が犯人なんですか?」

「な、なんてことを言うんだ。私のわけがないだろう!」

「……でしょうね」

 清澄はあっさりと引き下がる。端から、足達を疑っているわけではないらしい。

 むしろ──。

「……だとすれば、犯人は自ずともう一つの指紋の持ち主ということになりますね。眼鏡が言ったみたいに、これを『仕込んだのは、犯人』なんだから」

 ニタニタと清澄は笑った。

──形勢逆転といったところである。


 その指紋が眼鏡の男のものであることは、誰の目にも明らかであった。

 これまでの自分の発言が、まさか自分の首を絞め付けることになろうとは──ワナワナと、眼鏡の男は怒りで肩を震わせた。


『……タイムアップです』

 そんな折に、突如としてスピーカーから終了を告げるアナウンスが部屋の中に響いてきたのであった。

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